狂気演技の第一人者ニコラス・ケイジをも魅了 『マッド・ダディ』が踏み込んだ危険なテーマ

『マッド・ダディ』ニコケイを魅了したテーマ

 アメリカに限らず、社会では、「家庭を作り、子どもを育てることが最高の幸せ」だという価値観が支配的であるし、多くの映画でも、父親や母親は家庭の幸せを守るために、ときに命を投げ出してまで危機に立ち向かうものだという理念が描かれる。しかし現実の社会では、いつでも親が子どもに対し、模範的で献身的である場合ばかりではない。本作が映し出すのは、そんな一般的な映画やCMとは異なった親の姿である。

 またアメリカ映画には、父親と子どもが2人きりで自宅の前の路上に腰かけて、アイスキャンディーをなめながら会話をするシーンが、ひとつの定番となっている。他の家族がいる食卓ではなく、アイスを食べ終わるまで邪魔の入らない場所で、お互いに腹を割って人生について話すのである。

 本作では、そのシーンが異様なかたちで描かれている。まだ集団パニックが発生する前の平和な頃、息子がアイスを食べながら、父親の車をいたずらしたことを詫びると、ブレントは「父親と息子は似るもんだ。かっこいい車を運転すると、いい女が寄ってくるしな」と、寛容な態度を見せる。そして、「だが、もしまた俺の車を触ったら…殺すからな」と冗談めかして笑う。息子もつられて笑ってしまうが、その瞬間、ブレントの目は本気になって息子をにらみつける。腹を割って話すことで、お互いを理解するのでなく、むしろ心の奥にあるおそろしい感情が飛び出してしまったのだ。

 心のなかで子どもを憎たらしく思ったり、邪魔に思う感情が芽生える瞬間というのは、多かれ少なかれ、多くの人間の心理のなかに存在するはずだ。ブレントやケンダルは、謎の集団的殺意に操られながらも、内心は嬉々として、むしろそれを理由に、解放されたすがすがしさを垣間見せている。本作は、まるで機械の故障のように理性を失い暴力を振るう親の姿を描くことで、人間の心の奥に眠る、秘められた闇の欲望を描いているのだ。

 アメリカを代表する文学者、エドガー・アラン・ポーの作品に『黒猫』という短編がある。自分の飼い猫に愛情を感じている男が、酔っているときにムラムラと暴力衝動が起こり、猫を痛めつけ、目玉をえぐり出し、木に吊すという凶行に及ぶ。やがてその衝動はエスカレートし、彼は自分の妻まで手にかけてしまう。そこから男が社会的に破滅するまでが、黒猫の怨念による怪談話として語られてゆく。

 『黒猫』の物語で真におそろしいのは、黒猫の怨念でも幽霊でもなく、この男が定期的に理性のコントロールを失い、暴力を振るってしまうということである。そのような残虐性というのは一体どこからもたらされるのか。それは人間の本能としてもともと備わったものなのか。だとすれば、その残虐性は読者一人ひとりのなかにも存在していることになる。自分のなかにいる怪物の姿を意識することが、『黒猫』の本当の恐怖なのだ。

 ニコラス・ケイジは前述したように、プライベートで様々な問題を起こしている。そんな彼の行動は、とても擁護できないところが多いが、彼自身が自分のなかの怪物を理性で押さえつけようと、日々の生活の中で葛藤していただろうことは想像に難くない。彼が本作を気に入ったのは、親たちのむき出しの感情という危険なところに踏み込み、多くの映画が目を背けてきたテーマを描いたからではないだろうか。

 アメリカも日本も、親による子どもの虐待問題が絶えない。その事実は、映画やCMが描く、模範的で幸せな家族の姿とは、あまりにも隔絶していると感じる。虐待はしないまでも、このような理想のモデルに対して、自分はそのようにはなれないと悩み、コンプレックスを与えられる親たちは少なくないのではないだろうか。だが、実際には多くの人間が、心のなかに負の感情を隠し持っており、それ自体はむしろ自然なことだといえよう。問題は、人間一人ひとりがそれをコントロールする術(すべ)を学ぶことである。そのためには、心のなかの怪物の存在を否定するのでなく、ときに見つめ、対峙することが必要であると思える。『マッド・ダディ』は、そのような問題を意識させる、数少ない映画である。

『マッド・ダディ』予告編

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『マッド・ダディ』
6月23日(土)よりシネマート新宿ほか全国公開
出演:ニコラス・ケイジ、セルマ・ブレア、アン・ウィンターズ、ザカリー・アーサー、ランス・ヘンリクセン、オリヴィア・クロチッチア
監督・脚本:ブライアン・テイラー
製作:クリストファー・ルモール、ティム・ザジャロフ
撮影:ダニエル・パール
編集:フェルナンド・ビジェナ、ローズ・コアー
配給:クロックワークス
2017年/原題:MAM AND DAD
(c)2017 Mom & Dad Productions, LLC
公式サイト:http://world-extreme-cinema.com/maddaddy/

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