アメリカ社会の現状を描き出すーー『フロリダ・プロジェクト』が重要な作品になった理由

小野寺系の『フロリダ・プロジェクト』評

決して手の届かない虹

 アメリカは莫大な富を持つ先進国でありながら、近年の日本と同様、世界でもトップクラスに貧困率が高く、子どものホームレスは約120万人存在するといわれている。これはセーフティーネットが機能していないことを意味している。このような貧しい環境で育ち、十分な教育を受けていない子どもが、将来高い所得を得る可能性はきわめて低い。ヘイリーがそうであるように、感受性が強く頭がいいムーニーは、その才能を十分に伸ばすことが出来ずに貧しい生活を強いられることになるだろう。こうやって負の連鎖が続いていくのだ。

 ムーニーたちはそんな未来の見えない状況下においても、牧場の牛を見に行ったり、アスベストが転がっているような廃屋を探険したり、観光客から小銭をせしめて買った一つのアイスクリームを、友達同士でなめ合ってシェアしたりと、元気いっぱいに最大限楽しんでいる。それらは彼女たちにとってはかけがえのない経験だ。貧しい人間はいつも泣いて暮らしているわけではない。だがその楽しみをいつまで継続できるかと考えると、暗澹たる気持ちにさせられてしまう。

 ムーニーと親友ジャンシーは湖のほとりに佇み、ディズニー・ワールドから毎夜のように打ち上げられている、「ウィッシュ(希望)」と名付けられたイベントの花火を眺める。“希望”は目に見えている。しかし彼女たちにとってそれは、花火のように、虹のように手の届かないものになっているのだ。これは、ごく一部の人間だけが味わうことのできる、幻に等しい「アメリカン・ドリーム」を、羨望の目で眺める多くの貧困者たちに共通する感覚である。

 アメリカの莫大な富は、なぜ生活困窮者に届かないのだろうか。統計によると、約3億人のアメリカ国民のなかで最も裕福な400人が、アメリカの富の半分以上を所有しているのだという。そのような極端な格差社会は、経済界の要請によって70年代より続いてきた大企業優遇政策によってかたち作られたといわれる。富裕層の税負担が軽減されることで、社会保障に充てられる費用が減り、貧困層は次第にその割合を増してゆく。ウォール街の金融業界を救済するために多額の公的資金が投入される一方で、福祉の規模はさらに縮小されていく。この悪循環により、膨れ上がる弱者を政府が救済できない状況になってしまっているのだ。

 テーマパークが提供する“魔法の王国”が、結局は見せかけに過ぎないように、“経済的に豊かなアメリカ”というイメージも、大部分の貧しい人々から目をそらした、見せかけだけの豊かさに過ぎない。ムーニーたちの日常を描くことは、貧困を増大させることでしか富を維持できなくなったアメリカ社会の欺瞞を映し出すことでもある。本作『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』は、そんな出口の無いアメリカ社会の現状を、映画という手法を使って、どの作品よりも見事に描き出したと感じる。これこそがアメリカの真実の姿である。

 しかし、人間はやはり“希望”が無ければ生きていくことはできない。それが見せかけであっても、一時の気晴らしに過ぎないとしても、そこに向かって走り続ける瞬間、人は自由になることができる。そして劇中でついに訪れる“魔法”は、そんな報われない日々を過ごす全ての人々の“夢”であり、作り手や観客たちの“ねがい”であるといえよう。このようなイメージを映像として具現化するために映画というものがあるのかもしれない。そのようにすら感じられる、圧倒的なラストシーンだった。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。

■公開情報
『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』
新宿バルト9ほかにて公開中
監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー
出演:ブルックリン・キンバリー・プリンス、ウィレム・デフォー、ブリア・ヴィネイト
提供:クロックワークス、アスミック・エース
配給:クロックワークス
2017年/アメリカ/カラー/DCP5.1ch/シネマスコープ/112分
(c)2017 Florida Project 2016, LLC.
公式サイト:floridaproject.net

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