監督が運転するタクシー“ソン・ガンホ”に乗り光州事件を追体験 『タクシー運転手』の普遍的な希望

『タクシー運転手』が描く普遍的な希望

 マンソプが旅先で出会う面々も同様だ。チャン・フン監督は細かい描写を積み上げ、彼らの人間味を強くしていき、その上でキャラクター同士の些細なやり取りを積み上げ、お互いの関係性を印象的なものにしていく。まずは乗客のピーター。マンソプは彼とたどたどしい英語でコミュニケーションを行う。この言葉の壁は、そのまま心の壁となる。絶望的な状況の中で、2人は次第に言葉を超えてゆく(ただし壁自体は無くならないのが心憎い)。そして光州に入ってから出会う学生のジェシク(リュ・ジュンヨル)。彼はピーターと逆で、マンソプと言葉が通じるが、気持ちの部分で壁がある。マンソプは普段デモのせいで道路を塞がれ迷惑している。そんなマンソプにとって、学生デモに熱を上げるジェシクは厄介な存在だ。そこに現れるのが光州のタクシー運転手テスル(ユ・ヘジン)である。彼はマンソプに最も近く、なおかつ光州の現実を知る存在として、4人の交流を促す潤滑油的な役割を果たす。

 テスルがマンソプ、ピーター、ジェシクを家に招いて、家族と食事を取るシーンは印象的だ。ぎこちない会話から、徐々に緊張が解れていく過程は実に丁寧。彼らは親友にはならないが、それなりに仲良くなる。この「それなり」の塩梅も絶妙だ。しかし、この宴の直後から、物語は本格的な悲劇へ向かっていく。すると、まるで本当に自分がその場に居合わせたような、強い怒りと悲しみを覚える。そして各々が各々の壁を乗り越え、心を一つにしたとき、映画は光州事件の追体験から一歩だけ飛躍し、感動的なクライマックスを迎えるのだ。

 本作はチャン・フン監督が運転するソン・ガンホというタクシーに乗って、光州事件を追体験する映画であり、同時に普遍的な希望についての物語でもある。ソン・ガンホを筆頭とする役者陣の演技と、チャン・フンの演出が本当に素晴らしい。笑って、泣いて、そして「もし自分がこうなったら?」と考えずにはいられない。観客の心の深部へ届く、新たな傑作の誕生だ。

■加藤よしき
ライター。1986年生まれ。暴力的な映画が主な守備範囲です。
『別冊映画秘宝 90年代狂い咲きVシネマ地獄』に記事を数本書いています。

■公開情報
『タクシー運転手 〜約束は海を越えて〜』
シネマート新宿ほかにて公開中
監督:チャン・フン
出演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル
配給:クロックワークス
2017年/韓国/137分
(c)2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://klockworx-asia.com/taxi-driver/

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