モルモット吉田の『ペンタゴン・ペーパーズ』評:スピルバーグが問う報道をめぐる姿勢

モルモット吉田『ペンタゴン・ペーパーズ』評

 ところで、スピルバーグがリズ・ハンナによって書かれた脚本を読んで本作の映画化を決めたのが2017年2月。既に撮影を終えていた『レディ・プレイヤー1』は、膨大なVFX作業が待ち受けていただけに、ポストプロダクション作業と平行しながら5月から本作の撮影を始め、11月には完成した。早撮りで知られるスピルバーグの作品の中でも屈指の早さで、製作費も『レディ・プレイヤー1』の3分の1程度で撮りきっている。これまでも、『ジュラシック・パーク』(93年)の仕上げを行いながら『シンドラーのリスト』(93年)を撮ったことがあるが、巨額の製作費をかけた商業映画を撮った後に、良心の呵責とでも言わんばかりの社会派作品を撮る姿勢は、偽善めくという批判もあった。

 本作にしても、2017年1月にトランプが大統領に就任したことを思えば、時局に適した題材に飛びついたかのようにも見える。「大統領の検閲を許す筋合いはない」「大統領はクソだ。新聞を潰そうとしている」「放送免許を失うぞ」「ワシントン・ポストの記者をホワイトハウスに入れるな」――劇中に飛び交う台詞を思い出すと、まるでトランプとマスコミのやり取りのようだ。実際、トランプは大統領候補指名を確実にした前年から既にポストを取材拒否するなど対立姿勢を明確に打ち出し、SNSでマスコミへの罵詈雑言を浴びせかけており、大統領就任と同時に、いっそう新聞、テレビへの口撃を強めていた事実を踏まえれば、このタイミングで映画化すれば、過去を通して現在を撃つ作品として評価される目算を立てたという見方もできるだろう。

 だが、スピルバーグは、映画を反トランプのプロパガンダとして利用できるほどの戦略家ではない。いくら表面上は生真面目なテーマで取り繕っていても、圧倒的な描写力で上回ってしまい、前述の『ジュラシック・パーク』と『シンドラーのリスト』のような両極に位置する作品でも、恐竜とナチスの違いはあれども、人が殺戮される描写がほとんど同一化してしまうところに、スピルバーグのスピルバーグたる所以がある。本作も前述したお題目があったにしても、それを描くために注がれる細部の豊かさが上回り、目を奪われてしまう。

 冒頭のベトナム戦地で何よりも印象深いのはジープに載せられたタイプライターだが、報道を描くとは、とりもなおさず活字を紙に書き込み、印刷することに他ならない。スピルバーグは全篇にわたって紙と活字にまつわる描写をフェティシズムあふれる眼差しで映し出す。ペンタゴン・ペーパーズが青い閃光と共に複写されて紙が吐き出されるカット、タイムズのメッセンジャー・ボーイが街を駆け抜け、車に跳ねられそうになりながらも編集室から編集室へと原稿を届けるために疾走するカット、出し抜かれたポストの記者たちがタイムズの早売りを街頭で買い求めて食い入るように新聞紙を凝視するカット、果ては活版印刷で輪転機によって新聞が刷り上がっていくカットまで、記事が作成されて拡散する過程が、俳優たちに向ける眼差し以上の重みを持って描かれる。

 もう一つ、スピルバーグがこだわったのが〈通信〉である。1971年の一般的な通信手段は言うまでもなく電話だが、重要な場面で必ず登場する電話は、『ダイヤルMを廻せ!』(54年)、『知りすぎていた男』(56年)をはじめとして電話をサスペンスの道具として存分に活用してきたアルフレッド・ヒッチコックに匹敵する巧みさである(ダイヤルのアップを見よ!)。それだけに、劇中に電話が登場する度に胸が高鳴ってしまう。コードレス時代ではないだけに、電話を使えば動きが制限され、画面の変化が乏しくなるはずだが、スピルバーグはそうした不自由さに見事な演出を加えていく。ペンタゴン・ペーパーズの入手に動くポストの記者ベン・バグディキアン(ボブ・オデンカーク)が街頭公衆電話でエルズバーグと連絡を取る場面では、通話機を片手にコインをバラバラと地面に落としてしまったり、ケーブルの長さが足りずに手こずる動作が躍動を生み出し、説明的で単調になるはずの場面が見違えるように輝き始める。

 そして、電話が最も大きな役割を担うのが、ペンタゴン・ペーパーズをポストに掲載するか否かを決断する局面だろう。ブラッドリー宅からグラハムの家へ掛けられた電話は、その場に居る者たちも内線で参加して激しい応酬が繰り広げられる。あまりにも電話が劇の盛り上げに巧みに活用されているので創作かと思いそうになるが、前述の『キャサリン・グラハム わが人生』を参照すれば、実際に内線を用いてこうしたやり取りが行われたという。終盤でも、ポストの運命を左右する重要な知らせは、電文と電話のリレーによって通知されるところからも、いかに〈通信〉が本作にとって欠かせない装置だったかが分かるはずだ。

 通信手段がインターネットに置き換わった現在では、新聞に頼らなくとも誰もが拡散させる力を持っている。しかし、本作で丹念に描かれた、早く、正確に、検証して、掲載を決断する過程は曖昧になり、フェイクニュースが横行する時代になった。スピルバーグは反トランプの映画というよりも、より根源的に報道をめぐる姿勢を〈通信〉というシステムを通して描いたと言えるだろう。

 次回作の『レディ・プレイヤー1』でも〈通信〉は大きな役割を担い、それを介することで仮想現実の世界へ入ることが可能となる。貧富の差が激しい世界で主人公はゲームの腕前を見込まれて大企業から誘いが舞い込むが、その時に企業側は安定した通信環境の提供をメリットとして挙げる。1971年から2045年へ時代は移っても、人々は〈通信〉を介しているが、この2つの時代の中間にいるのが、2018年に生きるわれわれである。スピルバーグの2本の新作は、今を色濃く反映させながら、過去と未来に目を向けているだけに、連続して観ることでスピルバーグの目に映る現代が、より明瞭に見えてくるはずだ。

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿。

■公開情報
『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』
全国公開中
監督:スティーヴン・スピルバーグ
製作:エイミー・パスカル、スティーヴン・スピルバーグ、クリスティ・マコスコ・クリーガー
脚本:リズ・ハンナ、ジョシュ・シンガー
音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:メリル・ストリープ、トム・ハンクスほか
原題:The Post
配給:東宝東和
(c)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.
公式サイト:http://pentagonpapers-movie.jp/

『レディ・プレイヤー1』
4月20日(金)全国ロードショー
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ザック・ペン
原作:アーネスト・クライン著『ゲームウォーズ』(SB 文庫)
出演:タイ・シェリダン、オリヴィア・クック、マーク・ライランス、サイモン・ペッグ、T・J・ミラー、ベン・メンデルソーン、森崎ウィン
(c)2018WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/readyplayerone/

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