松坂桃李、日本映画界に欠かせない俳優に 『不能犯』『娼年』『孤狼の血』まで、その演技を考察

モルモット吉田の『不能犯』評

 ところで、『不能犯』の松坂は〈眼力〉が求められる役である。相手の目を見つめるだけで死に追いやってしまうだけに、その威力を表現するためにCGで網膜への衝撃が表現されるが、それだけでは松坂の特殊能力は表層的にしか伝わらない。ここでも松坂の振る舞い、仕草を含めた演技によって、〈眼力〉が発揮される。そして、当然ながら見つめられる側にも能力が求められる。冒頭に記した怪獣を本気で見つめることが出来るかという問題と同じく、本作の世界観が維持されるかは、本気で松坂を見つめ、そして見つめられることが出来るかが問われる。それだけに、キャスティングには〈見つめること/見つめられること〉が印象的だった俳優たちが揃う。

 もはや千葉真一の名を出すまでもなく実力派の若手として頭角を現す新田真剣佑に父から受け継いだ最良のものを挙げるなら、目の輝きと鋭い眼差しだろう。間宮祥太朗も『全員死刑』(17年)で人を殺す時に見せる相手を見つめる眼差しは、全力で首を絞めているとはいえ、眼力でも殺せただろうと思えるほど凄まじい。その点では、若い刑事の一人である菅谷哲也も、かつて出演した映画で見つめることが印象に残ったことを思い出す。『テラスハウス クロージング・ドア』(15年)の冒頭は、TV版最終回のラストカットから続いていたが、テラスハウスを出ようとする菅谷が何かを呆然と見つめるところでTV版は終わり、映画では彼が見つめる先に新たな住人となるヒロインが立ち、すぐさま一目惚れした菅谷が再びテラスハウスで暮らすようになることで映画は始まった。台詞も一切ないままに、車寅次郎よろしく失恋を予感させながら瞬時に恋に落ちるのを眼だけで表現した菅谷が『不能犯』のキャストに相応しいのは当然だろう。さらに、瞬きひとつせずに怪演する鑑識課の安田顕と、『鉄道員』(99年)で高倉健を尋常ならざる愛着をこめて見つめ続けていたのが忘れがたい小林稔侍もいる。見つめることに長けた俳優たちが周到に配置されているのが分かるはずだ。

 そして、松坂桃李に見つめられても唯一影響を受けないのが、沢尻エリカである。なぜ、彼女だけは死に至らないのかは明かされない。強いて言えば沢尻エリカだからと言いたくなるほど、邪悪な存在に正面から立ち向かう強さを見せる。それにしても、30代に入ってからの〈非熱演型俳優〉としての力の抜けた彼女の軽やかな演技は、同世代俳優の中でも突出している。『新宿スワン』(15年)でクスリに溺れ、歌舞伎町の風俗に勤めながら、いつか王子様が迎えに来ることを夢見る女を20代も終わりに差し掛かった沢尻が演じるのは、いささかトウが立ちすぎているのではないかという下馬評が公開されると同時に一掃されたのは、こうした役を若手女優が力んで演じれば演じるほど、泣いて叫ぶことが熱演とカン違いしたような幼児的演技でわめき散らすだけだが、沢尻はこうした非現実的な役を、地に足が着くか着かないかの数センチ浮いているかのように軽やかに演じることで成立させたからでもある。

 ちょっと話が飛ぶようだが、30年近く前、竹中直人がハリソン・フォードについて、こんなことを書いていた。

「ハリソン・フォードの役作りというのは、髪型と顔にあるのではないでしょうか。改めて彼の出演した数々の作品をチェックしてみると、髪型が皆違います……。(略)彼には役作りなどというくだらないものはなく、髪型作りと顔作りだけ。だから芝居がどの作品を観てもうるさくなくセンスがよいのです」(『少々おむづかりのご様子』角川書店)

 なんだか悪口のようにも聞こえるが、ロバート・デ・ニーロやダスティン・ホフマンを始めとするアクターズ・スタジオ出身俳優のご立派な役作りよりも、そんなことを何も考えずに表層的に演じるハリソン・フォードの方が良いと言っているわけだ。実際、ここ数年でインディ・ジョーンズ、ハン・ソロ、リック・デッカードを再演しているが、〈髪型作りと顔作り〉を怠らないことで、年齢こそ重ねたものの往年の名キャラクターのイメージを損なわずに観客の前に姿を現したことを思えば、30年前の竹中直人の分析は的を射ていたのではないか。もっとも、こうしたタイプの俳優は演技賞の対象にはなりにくい。ハリソン・フォードがアカデミー賞にノミネートされたのは、『刑事ジョン・ブック目撃者』(85年)が主演男優賞候補になった一度きり、それも作品の内容で評価されたようなところがある。

 こうした〈髪型作りと顔作り〉の俳優を日本で挙げるならば、沢尻エリカではないかと筆者は思っている。『不能犯』の冒頭で新人刑事と組んだ沢尻は容疑者を追跡するが、髪も息も乱れることなく、颯爽と逮捕してみせる。内面を見せようとか、女性刑事のリアリズムを追求しようなどと余計なことをすることなく、画面の中でどう振る舞い、どんな型を見せることが相応しいかに徹することで、圧倒的な虚構に対峙してみせる。実際、行きつけの料理屋でリラックスする沢尻と、署内の喫煙所で煙草をうまそうにくゆらせる沢尻、眼の前で人が死に爆発が起きるのを目にする沢尻の演技は一糸の乱れもないだけに、松坂がダークヒーローとして虚構の限りを尽くしても、全て受け止めてみせることが可能になる。リアリズムでは作り上げることができない圧倒的な虚構を前にしても、怯む必要がないからだ。一方で、部下の新田真剣佑が瀕死の重症を負う病室を沢尻が訪ねるシーンでは、「新人、あれで良かったのかな」とベッドに横たわる後輩へ泣き声で話しかける彼女のバストショットで一筋の涙がスッと流れるが、直ぐに次のシーンへと切り替わる。ウエットな場面を素早く切り上げる白石晃士監督のドライなセンスと共に、感情過多なうるさい芝居とは無縁な沢尻の魅力がいっそう増す。

 おそらく、本作についてもっと大きな予算をかけることができていれば――という意見もあるだろうが、ビジュアルをいくら豪勢に装飾しても、そこに優れた演出と、優れた俳優たちが揃わなければ、空虚なものにしかならない。『不能犯』を観れば、このスタッフとキャストで次なる大作が実現することを願わずにいられないはずだ。

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿。

■公開情報
『不能犯』
全国公開中
出演:松坂桃李、沢尻エリカ、新田真剣佑、間宮祥太朗、テット・ワダ、菅谷哲也、岡崎紗絵、真野恵里菜、忍成修吾、水上剣星、水上京香、今野浩喜、堀田茜、芦名星、矢田亜希子、安田顕、小林稔侍
原作:『不能犯』(集英社「グランドジャンプ」連載 原作:宮月新/画:神崎裕也)
監督:白石晃士
脚本:山岡潤平、白石晃士
配給:ショウゲート
(c)宮月新・神崎裕也/集英社 2018「不能犯」製作委員会
公式サイト:funohan.jp

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