サエキけんぞうの『早春』評:新しい女性像を示した1970年のジェーン・アッシャー

サエキけんぞうの『早春』評

 ちなみに勃興する若者文化を背景としてセクシュアリティを演じる女優史はそれほど古いわけではない。まず50年代のマリリン・モンローが革命的存在。継いでブリジット・バルドーが56年に『素直な悪女』で、男達を翻弄する小悪魔を演じ革命的といわれた。しかし今見るとお嬢さんにしか見えない。ロックが未成熟な時代に、バルドーはバッドな不良テイストまでは届かず『軽蔑』(63)で芳醇な性的女性というイメージに留まる(その後ゲンスブールとの出会いで一瞬サブカル的不良性が花開く)。

 その後ゴダールの『気狂いピエロ』(65)でアンナ・カリーナが知性を示すモノローグのからむセクシュアリティを提示した。60年代後半は、先述のマリアンヌ・フェイスフル、アニタ、ジェーン・バーキンなどが出てくるが、女性の多層的な性表現というレベルまで表現が成熟していない。60年代の若者文化の革命の後、新しい女性の存在感は、出口を待っていたのである。

 なにせ、女性から逆ナンすることが新奇として売り出された『ミスター・グッドバーを探して』が1977年、女性が結婚しないことが世界的に珍しかったことが背景『結婚しない女』が1978年ですよ。1970年とは、どれだけ保守的だったのか。女性の社会存在の変化は、70年代から比べると、メチャクチャ変わったんですよ。

 とはいえ、スーザンのような奔放さは、見方によっては、日本でいうヤンキー文化の先がけであるという感想も出そうだ。確かに彼女の鼻っ柱が強く、物怖じしない役柄は、初期女ヤンキーの香りもする。しかし先述したように徹底的な男尊女卑文化が社会を覆っていた時代。婚約者に正統に振る舞いながらセックスショップのシンボルともなる彼女の役割は、性的な重層性を「持たざるを得なかった」ともいえる。いいかえれば、この「多重人格性に先端性があった」のである。

 一介のヤンキー娘は単層なのである。

 平然とした顔で婚約者とトレーナー、少年のはざまを行き来する彼女の感覚は、単なる淫乱なのではなく、社会の体制などものともしない直感的な知性に裏打ちされている。クールなのだ。デボラ・ハリー、クリッシー・ハインド、ニナ・ハーゲン、マドンナと続く大いなるミューズの時代の幕開け。性の神秘的な多層性を演じ分けるジェーン・アッシャーのセンシテヴィティ、その映像を誘導した監督の先見性こそが本作の白眉である。

 ラストには、美しすぎるジェーンの“ある姿”を垣間見ることが出来る。サブカルチャー・ファンにとっては、たまらないプレゼントである。

■サエキけんぞう
ミュージシャン・作詞家・プロデューサー。1958年7月28日、千葉県出身。千葉県市川市在住。1985年徳島大学歯学部卒。大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。沢田研二、小泉今日子、モーニング娘。など、多数のアーティストに提供しているほか、アニメ作品のテーマ曲も多く手がける。大衆音楽(ロック・ポップス)を中心とした現代カルチャー全般、特に映画、マンガ、ファッション、クラブ・カルチャーなどに詳しく、新聞、雑誌などのメディアを中心に執筆も手がける。

■公開情報
『早春 デジタルリマスター版』
YEBISU GARDEN CINEMAにてロードショー
監督・脚本:イエジー・スコリモフスキ
脚本:イエジー・スコリモフスキ、イエジー・グルザ、ボレスワフ・スリク
出演:ジェーン・アッシャー、ジョン・モルダー=ブラウン、ダイアナ・ドース、カール・マイケル・フォーグラー、クリストファー・サンフォード、エリカ・ベール
音楽:キャット・スティーヴンス、CAN
1970年/イギリス・西ドイツ
提供:マーメイドフィルム、ディスクロード
配給:コピアポア・フィルム
(c)1971 Maran Films & KeRledrum ProducUons Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:http://mermaidfilms.co.jp/deepend/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる