西尾維新原作〈物語〉シリーズはなぜ抗いがたい感動がある? 評論家が『終物語』を語り尽くす

評論家が『終物語』を語り尽くす

 「〈物語〉シリーズは、ギャルゲー的な構造の物語」


ーー『化物語』の第1話を見た時の、率直な感想を教えてください。

さやわか:〈物語〉シリーズの原作はリアルタイムで読んでいたので、どんなストーリーをやるかというのは知った上でアニメを見ていました。そのため、頭の中で想像していたものとは、やはり全然違うなと思いましたね(笑)。(戦場ヶ原ひたぎが落下するシーンで)「こんなに降ってくるの?」みたいな。あと、町並みがロードサイドと新興住宅地の続く、ゼロ年代的な郊外っぽく描かれているのも面白かったです。しかし色んな意味で原作と違う部分はあるんですが、少なくともこの作品においては、そうした表層的な部分に本質はないんだということを新房さんは見抜いていたと思います。その証拠に、“西尾維新の言葉”を何よりも大事にしていますね。今は見慣れてしまったけど、あんなに言葉の多いアニメは当時なかったし、削ってはいるものの、長いセリフをあえて効果的に使っている箇所もあります。

ーート書きの使い方も絶妙でしたよね。

さやわか:それも上手いですよね。先述した同音異義語についても、文字で表示する演出を積極的に、しかもスタイリッシュに取り入れていて。言葉を大事にするなら音声だけでも、と思われるかもしれませんが、アニメーションであるからこそ成立する作りになっています。

ーーこの作品の特異性というのは、色んな切り口から分析できると思うのですが、さやわかさんは特にどのあたりに魅力を感じましたか?

さやわか:まあヒロインがいっぱい出てきて彼女たちのトラウマをたどっていく話ですから、いってみればギャルゲー的な構造の物語なんです。ただそれをミステリー的な形式をうまく使いながら展開させているのが面白いと思いましたね。そしてさっき言ったように、かといって猥雑な部分、つまり “女の子が可愛い”ということからは絶対に逃げないんですよね。たとえば、羽川翼の胸が強調されるところとか。そういうエロティシズムやB級な感じって、アニメというカルチャーの面白い部分を作ってきたものだと思うので、そこをブラさないのが新房さんと西尾さんの共振している部分なのかなと。

ーー〈物語〉シリーズは、各ヒロインたちが抱えるトラウマに対して、主人公(阿良々木暦)がともに立ち向かっていくけれど、最終的にはヒロイン自身が自分で解決するというお話です。キャラクターの振り下げ方が深かったり、オチに教訓的な意味合いも含まれていたりと、キャラクターに共感する部分もたくさん描かれていますよね。

さやわか:青春ものだから当然と言えば当然ですけど、それぞれのキャラクターが抱えている怪異の原因は、親やクラスメイトなど、身近で生活感ある事柄なんですよね。そこが共感を呼ぶところなのでしょう。西尾さんの作品は、同じ決めゼリフを繰り返し使うことが多いですけど、このシリーズだと忍野メメのセリフ「人は勝手に助かるだけなんだ」なんかが、あれだけの重みを持って使われていることで、結局自分がなんとかするしかないという人生訓、共感を呼ぶメッセージになっていますよね。

ーー確かに、そのスタンスはシリーズを通して共通していますね。

さやわか:そして“常に他人である女の子たちのことを思い、助ける”という主人公の在り方もまた、ギャルゲーを彷彿とさせるものです。でも、そういう構造の物語だと、「主人公は、一体なんでそんなことをしているの?」という疑問が出てくるんですよ。これはまさに、ミステリーの名探偵がことあるごとに殺人事件へ遭遇してしまうのと同じで、フィクションのお約束が生む矛盾なんです。だからこそ西尾さんはそこをごまかさずに、それを乗り越えることをシリーズ全体のテーマにする。それで阿良々木くんのことを完全に見抜く対立構造として、臥煙伊豆湖が登場するんですよ。彼女は“自助的なことをやらない人間はダメだ”というタイプで、阿良々木くんの曖昧な態度を追い詰め、ケツを叩く存在なんです。また、忍野メメがシリーズの序盤で姿を消したのも、阿良々木くんが自分のために生きようとしないからですよね。だからこそ、最後に阿良々木くんが自分のための決断をした結果、忍野メメが戻ってくるというシーンはめちゃくちゃ感動する展開なんですよ。

ーー忍野メメの再登場シーンは、シリーズにおいてもハイライトといえる爆発力でした。

さやわか:西尾さんの小説を読んでいると、時折「この人はタイミングを図って書いてるんじゃないか」と思うことがあります。僕は漫画の仕事もしているのですが、漫画って、ページをめくった瞬間に見開きを用意することで勢いをつけたり、コマの大きさで波を作ったりするんですよ。西尾さんは小説で、それを表現しているんじゃないかと思います。読んだ時に何行目でこれが来たら気持ちいいかを計算して、展開をリズムよく書いているんですよね。

ーー確かに、原作は緻密に構成されていて、テンポも良いですよね。

さやわか:アニメ版では、原作にあるタイミング性とテンポ感を綺麗に汲み取っています。だから、平面性があって動かないアニメなんだけど、すごく気持ちがいい。「黒駒」という文字だけの画が一瞬挟まれるところも、そのリズム感を助長しています。〈物語〉シリーズは、「アレンジメントの効いたアニメというのはテンポ感が大事」という、10年代にいたるまでのアニメにおいて一つの潮流を作ったんじゃないですかね。

ーーそれらの点を踏まえて、〈物語〉シリーズは、アニメ史においてどのような位置付けだと考えますか。

さやわか:まず、商業的な意味合いでは、この作品はBlu-rayのヒット作として先鞭を付けたはずで、アニプレックス社のパッケージビジネスという点で唸らされる作品です(笑)。販売戦略としては新聞の一面広告なんかもありましたね。ファンでない人がその広告を見ても、〈物語〉シリーズに興味を持つことは、ほぼないと思うんですよ。でも、ファンは「俺たちの〈物語〉シリーズは、新聞の一面広告を出すような面白いことをやってくれる」とワクワクできますよね。そういう、ファンのコミュニティを大事にしながら作品を盛り上げていくやり方が、この作品から広がっていったように思いますね。

ーービジネス面以外ではどうでしょう?

さやわか:音楽面での革新も大きいと思います。主題歌を含め、カラオケの上位にいまだに入ってくる曲が多いですしね。ヒロインごとに楽曲が用意されて、それが作品と完全にマッチしつつ、楽曲としての完成度がきわめて高い。今どきそういう作品は珍しくなくなりましたが、その間口を開いたのが〈物語〉シリーズと言えます。

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