再現性、ドキュメント性、民族マナーの優れた描写 『永遠のジャンゴ』が与える、贅沢な満足感

サエキけんぞうの『永遠のジャンゴ』評

 ナチスによる暴力を描く場合、『ダンケルク』のような相手が敵国英国の場合にせよ、さっさと降伏したフランスにせよ、『戦場のピアニスト』の占領されたポーランドにせよ、圧倒的な暴力をふるう「人類の敵」「国家の敵」であるという設定は変わらない。

 しかし、どの国からもオミソ扱いされる、文字さえも持たない移動民族ジプシーにとっては、先述したように国家間同士の争いも「他人ごと」として感じようとしていることが、この映画のナチス描写を一味違うものにしている。関係なくいたい……しかしそうはさせずにジワジワくる恐怖。

 相手がドイツにもその名を轟かせているジャンゴ・ラインハルトだけに、冷酷なナチ幹部も、そのギターを聴いてみたいという誘惑には勝てなかった。ナチスは、晩餐会においてジャンゴに無理やり演奏をさせるが、純血統を標榜するゲルマン民族の「不純な黒人音楽=ジャズ」への排斥は凄かった。ジャンゴに付けた演奏条件が凄い。

「食事中の音は小さく、会話の邪魔はするな」「キーはメジャーで、ブルースは禁止」「ブレイク、テンポの速い曲は避けろ」「シンコペーションは5%以下」「ソロは5秒以内に収める」

 どうだろう? 信じられないほど細かい禁止項目。特に「シンコペーションは5%以下」「ソロは5秒以内に収める」という部分に、ジャズ、黒人音楽の音楽性について、極めてデジタルな把握がされており、むしろ感心してしまうほどだ。エチエンヌ・コマール監督は、詳細な情報を収集しているということで、火のないところに煙は立たないと思われる。ナチスって本当にどうかしている。そこが恐ろしい。まさにマニアックな殺人鬼と同様な神経を国家ぐるみで実践。これだけで頭がおかしくなりそうだ。

 独特な細心さで容赦ない締め付けを強めるナチス。それでも晩餐会でのジャンゴの演奏は、ナチス将校にさえも思わずダンスを踊らせてしまう。人間だから性と音楽を楽しみたい。そんな状況でもふっと我にかえったように、ナイフのように分断するのがナチだ。自分で盛り上がっておきながら逆ギレして晩餐会を破壊。究極の緊張下の感情の毀誉褒貶。肉のように鮮烈な情感の断面。漂泊民・天才奏者ゆえに、絶妙に横の角度から振るわれる黒い暴力。この映画のナチス描写の独特さである。

 流浪の民、ジプシーの描写も優れている。馬などの家畜とキャンプ生活のジプシー暮らしは、定住民である我々からは想像がつかない面がある。風呂はどうするの? 飲水は? どういうところに寝るの? ほんの数十年前まで、実際にそうした生活は存在した。2013年の『パプーシャの黒い瞳』(ポーランド)は、実在した女性ジプシー詩人の生涯を詳細な映像で描き、近代国家と乖離したジプシーの生活ぶりが解体されるまでを詳細に描き出した。『永遠のジャンゴ』は解体期に入る直前のジプシー集落から音楽が生まれていく様子を良く描いている。特にギター練習をする際に、頭を動かさないことが鉄則で、そのため、頭に酒を入れたショットグラスを載せて演奏させる、というシーンが興味深い。

 なお、映画の白眉は、ジャンゴが作曲したという幻のクラシック楽曲「レクイエム」。ジャンゴが追い詰められた教会にあったパイプオルガンで作曲したと描かれる、実際に存在した楽曲。ジプシーのコミュニティに、ジプシー自身が作曲した葬送曲がないのはよくないと考えたジャンゴが戦争中に作曲した楽曲で、断片しか残っていない。バッハ、ドビュッシー、バルトークも尊敬していたという、ジプシーの枠を超えた音楽家、ジャンゴは、何度か交響曲を作曲しようとしたことさえあるという。パズルのように幻の楽曲の再現を担当したのは、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ、ダーティスリーのメンバーである、ウォーレン・エリス。『ベルリン・天使の詩』(1987、独仏)でのニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズの名演を覚えている者は、このキャスティングに魂を震わせるような期待を覚えるだろう。実際に、披露されるレクイエムは、デヴィッド・ボウイを継ぎ、そして超えた荘重なイメージをニック・ケイヴ一派が果たしていることに感銘を受けるはずだ。

 なお、ジャンゴ・ラインハルトの定番バンドは「フランス・ホット・クラブ五重奏団」といい、ジャンゴ、ステファン・グラッペリのヴァイオリン、ウッド・ベース、そして2名のギタリストが打楽器的にリズム・ギターを奏でるという編成。冒頭、いきなりドラムが出てくるので驚かされたが、実際に晩年はドラムやクラリネットが加わることがあったのだという。ステファン・グラッペリのファンは多いと思うが、その優美なヴァイオリンも良くシミュレートされている。

 ナチ圧政下のスウィング音楽の役割については、ドイツにおける実在した若者ジャズ・マニアを描いた『スウィング・キッズ』(93年、米)が傑作。リンディー・バップという激しいジャズ・ダンスが再現もされているのが注目、ジャンゴも少し登場する。

 音楽映画としての再現性、戦争映画としてのクールなドキュメント性、そして文化人類学的な意義を持つような民族マナーの描写、3方向のベクトルを生かしながらジャンゴという鮮烈な人格を浮かび上がらせる映画に仕上げた監督の手腕はなかなかのもの。『チャップリンからの贈りもの』『大統領の料理人』などの脚本を手がけ、本作が初監督というエチエンヌ・コマールの今後に期待だ。

■サエキけんぞう
ミュージシャン・作詞家・プロデューサー。1958年7月28日、千葉県出身。千葉県市川市在住。1985年徳島大学歯学部卒。大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。沢田研二、小泉今日子、モーニング娘。など、多数のアーティストに提供しているほか、アニメ作品のテーマ曲も多く手がける。大衆音楽(ロック・ポップス)を中心とした現代カルチャー全般、特に映画、マンガ、ファッション、クラブ・カルチャーなどに詳しく、新聞、雑誌などのメディアを中心に執筆も手がける。

■公開情報
『永遠のジャンゴ』
11月25日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本:エチエンヌ・コマール
音楽:ローゼンバーグ・トリオ
出演:レダ・カテブ、セシル・ドゥ・フランス
配給:ブロードメディア・スタジオ
(c)2017 ARCHES FILMS - CURIOSA FILMS – MOANA FILMS - PATHE PRODUCTION - FRANCE 2 CINEMA - AUVERGNE-RHONE-ALPES CINEMA
公式サイト:www.eien-django.com

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