狂気に包まれた不毛な残酷さーー『機動戦士ガンダム サンダーボルト BANDIT FLOWER』の特殊性

小野寺系の『BANDIT FLOWER』評

 初代『機動戦士ガンダム』で描かれるジオン公国は、「ジオニズム」に基づいた選民思想を掲げる、過激な軍事独裁国家であった。だからわれわれ視聴者の多くは、凄惨な殺し合いのなかでも連邦軍に正義を感じることができた。子どもを戦場に出撃させる「学徒動員」を大々的に行っていたのもジオンだった。だが本シリーズでは、連邦軍の側も子どもたちを「人間の盾」として戦局を打開しようとする場面が描かれていた。本作で直接的に「特攻」を命じられたジオン軍兵士たちが、「連邦もジオンも滅びてしまえ!」と言いながら突撃するように、本シリーズにおける、それぞれの軍から実質的な「死」を命じられた末端の兵士たちは、ただただ両軍の犠牲者として死んでいくのみである。たとえどんなに正しい理念を掲げていたとしとも、前線の兵士たちが体験する世界は、そんな光など届かない地獄なのだ。

 本シリーズで最もショッキングな戦争犯罪は、すでに義足をつけているリビング・デッド師団の兵士に対して、より効率よく敵を撃破するため、残った生身の腕をあえて切り落とし、身体をさらに機械化する手術を行う場面だ。戦傷のために人体を機械化するのであれば、まだ人助けという考えも成り立つだろうが、積極的に人体を切り刻むという非人道的なことをしてしまえば、それは特攻と同じく、もはや国家が人間を駒としてしか見ていないことになり、戦争の大義すら揺らいでしまう。

 このようなジオン軍の非人道的な行為の背景にあるのは、権力者たちや上官たちの保身に他ならない。彼らはなりふり構わず若者の命を盾に、自分たちの延命を図っているのである。ここに至って、戦争でめざましい働きをして勲章や階級を与えられる「英雄」とは、国民の命を守っているのではなく、実際にはごく一部の人々を守らされているという仕組みが明らかになってくる。

 そんな不毛な戦いは、ジオン公国滅亡後も続く。ダリル・ローレンツ率いるリビング・デッド師団は、数を減らしながらもジオン残党として生き残り、地球へ落ち延びる。地球では連邦から脱退し独立国家の建設を掲げた「南洋同盟」と連邦との戦闘が発生し、南洋同盟が保持する破壊兵器をめぐって、ジオン残党も加わった三つ巴の戦いに移行していく。フレミングは地上戦や水中での戦闘にも長けている新たな機体「アトラスガンダム」に乗り換え、ローレンツは、一部ファンから「萌えモビルスーツ」としても人気の高い、テディベアのようなプロポーションの「アッガイ」で仲間を率いる。

 今回の見どころは、過激な宗教によって結びついた南洋同盟の僧兵たちが、自爆を覚悟し命を捨ててまで次々に連邦軍に向かって来る描写である。そのあまりの異様な事態に、彼らを撃退していく連邦軍は不気味な心理的恐怖に震えあがる。この狂気に包まれた不毛な残酷さこそが『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の世界なのだ。この三つ巴の戦いは継続し、その決着は第3シリーズに持ち越されるはずである。

 私は本作を一般上映で鑑賞しているが、劇場には主に男性の30代〜50代と見られる年代の観客がメインだったように感じた。アニメ作品としては特異な光景である。それは本シリーズが、大人の観客の支持を受け、初代ファンすら惹きつける力を持っていたことの証左であろう。しかし、ここまで述べてきたように、本シリーズはそれ以外の観客にも受け入られる普遍性を持っている。ガンダム作品は、馴染みのない観客や視聴者にはとっつきにくい印象があるかもしれないが、『サンダーボルト』はぜひ従来のファン以外に発見してもらいたい作品なのだ。

 そこに拍車をかけるのが、本シリーズの音楽を担当している菊地成孔の手腕である。本作では第1シーズンからさらに飛躍した実験性を見せる。かつて江利チエミが歌った、民謡『串本節』のマンボ風アレンジ曲のカヴァーや、狂った姫の物語をモチーフにした劇中曲『戦争』など、ジャズから歌謡曲にまたがる独立した文学性と官能性を感じるところが面白い。一聴するとミスマッチにも思える劇中での使用は異化効果を生み、そこに新たな狂気と意味を発生させている。その姿勢は、原作漫画がガンダムの世界観に対して行ったものと同質である。従属ではなく積極的に原作漫画の世界を変質させ、新たなものを生み出そうとする部分に、本シリーズがアニメーションとして作り直された意味がある。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『機動戦士ガンダム サンダーボルト BANDIT FLOWER』
11月18日(土)~ 12月1日(金)、新宿ピカデリーほかにて2週間限定上映
キャスト:中村悠一、木村良平、古川由利奈、逢坂良太、杉田智和、行成とあ、大原さやか
原作: 矢立肇・富野由悠季(『機動戦士ガンダム』より)
漫画原作・デザイン: 太田垣康男、スタジオ・トア
監督・脚本: 松尾衡
アニメーションキャラクターデザイン: 高谷浩利
モビルスーツ原案: 大河原邦男
アニメーションメカニカルデザイン: 仲盛文、中谷誠一、カトキハジメ
美術監督: 中村豪希
色彩設計: すずきたかこ
CGディレクター: 藤江智洋
モニターデザイン: 青木隆
撮影監督: 脇顯太朗
編集: 今井大介
音楽: 菊地成孔
音響監督: 木村絵理子
音響効果: 西村睦弘
制作: サンライズ
(c)創通・サンライズ
公式サイト:http://gundam-tb.net/

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