『女神の見えざる手』は銃社会を“撃つ”ーージェシカ・チャステインのあまりに格好良いヒロイン像

田村千穂の『女神の見えざる手』評

 映画の冒頭、聴きおぼえのあるジェシカ・チャステインのどちらかというとソフトで押しの弱い微かに揺れる声が、敏腕ロビイストとしての勝利の秘訣をカメラに向かって語りかけるのを見ていて、これで大丈夫だろうかと不安に思わざるをえなかった。氷のように冷たく頭脳明晰で野心にみちた強い女──そんなヒロインにしてはずいぶん頼りない発声に思えたからだ。

 だが、続いてチャステインが演じる彼女、ミス・スローンが弁護士を伴って満員の聴聞会に赴き、マイクを引き寄せて二度目にはっきりと自身の名を告げる時──エリザベス・スローンが彼女の名前だ──背筋を思わぬ感動が走り抜ける。かすかに頼りないそれまでの声が、マイクを通して初めて会場に響きわたる時、この「名前を告げる」という第一の見せ場が、これはエリザベス・スローンという一人の女性の映画であるという「宣言」にほかならないと気づくからだ。この時、覚悟を決めて落ち着き払った彼女の声に打たれながら、見る者はこの映画の「成功」あるいは「勝利」を直感するだろう。

 原題『Miss Sloane』が示すように、本作は徹頭徹尾一人の女性主人公に焦点を定めた。これはスローンの映画なのだ。『ワンダーウーマン』(パティ・ジェンキンス)や『エル ELLE』(ポール・ヴァーホーヴェン)のように匿名ではない。前者のように愛する相手もいないし後者のように救ってくれる息子も持たない。このところ立て続けに公開された強い女性ものの中で、本作は『ありがとう、トニ・エルドマン』(マーレン・アデ)に次ぐ秀作でありエンターテイメントとしても傑出している。

 最初から強いと分かり切っている『ワンダーウーマン』はもとより、『エル ELLE』もイザベル・ユペールという老練な俳優が演じるかぎりヒロインの造形に驚きはなく、ルイス・ブニュエルを世俗化したような現代的な下品さも物足りないばかりだったが、それでも作品のラストは『紳士は金髪がお好き』(ハワード・ホークス)のマリリン・モンローとジェーン・ラッセルを彷彿とさせる女性同士の連携がさわやかで、『レネットとミラベル/四つの冒険』(エリック・ロメール)の二人の少女のような可愛らしさもあった。

 レズビアニズムを回避した点で『エル ELLE』は『ありがとう、トニ・エルドマン』に遠く及ばなかった。後者の終盤で裸の女性二人(主人公である上司と秘書)がともに画面におさまるさまは、セクシュアルな行為などなくともそれだけで奥ゆかしいユーモアとエロティシズムをあわせもつ稀有な瞬間として記憶にとどまるだろう(一方『ワンダーウーマン』では、快楽はともかく「真実の愛」は男性とのみ成就するものとして描かれていたように思う)。

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