“男女”と“車”に“音楽”を融合ーー『トゥルー・ロマンス』の精神受け継いだ『ベイビー・ドライバー』

『ベイビー・ドライバー』が受け継いだ精神

 母親がかつて働いていたレストランで出逢ったデボラ(リリー・ジェームズ)と一目で恋に落ちたベイビーは、初めてイヤホンを分け合う相手を見つける。2人が音楽を楽しむコインランドリーで、赤・黄・青の洋服が回り続けるドラムが信号機へと扮装すれば、車に乗らずして甘いドライブが展開される。デボラといる時だけは防衛具であるイヤホンもサングラスも、車さえも必要ない。母親の歌声に誘われるようにして巡り逢ったデボラは、まさにベイビーを大人へと成長させる母親的な存在でもある。

 そんな二人の軽快なボーイ・ミーツ・ガール映画でありながら、ベイビーに大人への通過儀礼を用意し、罪を償わせることで、ひとりの少年が大人になる成長物語としての側面もまた、映画を支える軸となっている。「逃避」をやめるまさにその瞬間に流れていた母親の思い出の曲は、その限りにおいては過去のベイビーを葬り去るレクイエムである。イヤホンとサングラスを外し、車内から飛び出したベイビーの姿に、誰もがエールを送らずにはいられないだろう。その時やっと、この世界に生まれることができたのだから。

 忘れられぬ過去の記憶は音楽に変わり、ガソリンに変わり、グレーになって昇華されていった。郵便局で働く女性の「苦労はみんな嫌だけど、虹は雨のあとに出る」という言葉通り、2人が再び笑い合う空には虹がかかっている。かつて犯罪を犯した恋人たちの逃避行に、明日はなかった。しかし2017年版クライドとボニーであるベイビーとデボラには、煌めく明日がある。

■児玉美月
現在、大学院修士課程で主にジェンダー映画を研究中。
好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter

■公開情報
『ベイビー・ドライバー』
新宿バルト9ほかにて全国公開中
監督・脚本:エドガー・ライト
製作:ニラ・バーク、ティム・ビーバン、エリック・フェルナー
出演:アンセル・エルゴート、ケヴィン・スペイシー、リリー・ジェームズ、エイザ・ゴンザレス、ジョン・ハム、ジェイミー・フォックス
配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
公式サイト:http://www.babydriver.jp/

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