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速水健朗の『カーズ/クロスロード』評:「グローリー・デイズ」が照らす、80年代アメリカの栄光と転落

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 ハイスクール時代の野球のエース、そして町中の少年たちの憧れの的だった金髪の女の子。昔は特別だった連中も、今は酒を飲むと過去の栄光についての話ばっかり。ああ、栄光の日々。というのは1984年のブルース・スプリングスティーンのアルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』 に収録されている彼の代表的な1曲でもある「グローリー・デイズ」の歌詞である。

 アメリカがダメになった。それを80年代の時点でもっとも声高に言っていたのがスプリングスティーンだった。同時に思い浮かぶのは「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」という言葉である。このキャッチフレーズの要点は、アメリカはもうダメになってしまったという部分だ。アメリカをもう一度、偉大な国にしようというのだからもちろん、ダメになってしまったことが前提なのだ。

 『カーズ/クロスロード』の主人公、ライトニング・マックィーンは、連戦連勝のレーサーである。だが新世代たちの活躍によって、まったく勝てなくなってしまう。新しいシーズンに挑むために最新技術を導入したシミュレーションを取り入れるのだが、うまく使いこなせない。50代のおじさんがパワポを覚えられないのと同じだ。さらに、若いインストラクターには、錆びついた年寄り扱いされる始末。彼の栄光の日々は終わってしまった。

 マックィーンは旅に出る。自分を育ててくれた師匠のルーツを巡る旅である。伝説のレーサーたちが集うバーにたどり着く。そこではバンドが「グローリー・デイズ」を演奏している。

 この歌詞の3番には、「父親」が登場する。自分が子どもだった頃にフォードの工場で働いていた父親。だけど、その後はがけっぷちの生活を送り、やがて失業した。彼には栄光の時代はそもそも存在しなかった。青春時代の終わりの歌かと思いきや、アメリカそのものの栄光が去ったのだと主題がぽんと入れ替わる。スプリングスティーンの「グローリー・デイズ」はそんな歌である。

 ダメになったアメリカ。この国の文化的にも産業的にも主柱であった自動車産業の衰退からそれを認めるという意味においては、トランプとスプリングスティーンは同じ意見の持ち主同士だ(もちろんスプリングスティーンは、多くのミュージシャン同様にヒラリーを支持している)。 トランプの国内情勢の理解が80年代のそれで止まっているんじゃないかというのはよく言われることでもある。アメリカの産業が、日本車など外国からの輸入によってダメージを受け、多くの失業者が生まれているのだと。もちろんこの理解は2週遅れくらいではあるのだけど。しかし、自動車産業がかつての栄光の時代から転落して落ち目になることで、アメリカの中の大事な部分のメッキがはげてしまったというのは事実でもあるのだろう。

 自動車はアメリカの中核産業である以上に文化的な中核でもある。もちろん『カーズ』も、そしてスプリングスティーンの存在もその一部だ。スプリングスティーンは自伝の中で「自分の歌の中でおれは、親父をあまり公平にあつかっていない。横暴で家族を顧みない親の典型にしている。それはおれたちの関係を『エデンの東』風に焼き直したもので、おれの子ども時代の経験を“一般化”しているにすぎない」 (『ボーン・トゥ・ラン ブルース・スプリングスティーン自伝』訳・鈴木恵)といった具合に触れているが、彼の父親がフォードの自動車組み立てラインで働いていたというのは歌詞通りの事実だ。

 彼は父親とは折り合いが悪かった。近所の友人ボビーは、毎週土曜の晩になると父親にストックカー・レースを見に連れて行ってもらっていたのだと振り返る。ストックカー・レース。「ガレージで造ったアメリカ車に乗る地元の狂人たちが、ひたすら轟々とサーキットをまわるか、はたまたフィールドで中央でたがいの車をめちゃめちゃにぶつけあう」と自伝に説明がある。彼は、それに連れて行ってくれないことで、父親の愛情が自分に向いていないことを認識した。「親父の愛とホットロッドの天国の、どちらからも追放されていたのだ!」と。

 どっぷり自動車文化を背負ったアメリカが『カーズ』というクルマを擬人化したシリーズを生み出したわけだ。そして、クルマを擬人化させたシリーズの主人公が、いつしかアメリカ自体の擬人化になるというのも必然だった。『カーズ/クロスロード』は老いたレーサーの物語であると同時に、アメリカそのものの話でもある。これは「グローリー・デイズ」の歌詞の構造と同じで、途中でぽんと入れ替わってしまう。アメリカを擬車化したものが『カーズ/クロスロード』の主人公なのだ。

      

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