絶望的なのに、活気づけられるーー爽快SFホラー『ライフ』の輝かしいユーモア

田村千穂の『ライフ』評

 「80億のバカがいる地球には帰りたくない」と、憂い顔のジェイク・ギレンホールは同僚のレベッカ・ファーガソンに向かってつぶやくのだった。今夏最高の爽快SFホラー『ライフ』(ダニエル・エスピノーサ監督)の、もっとも悲しく危機的な状況を描いた場面でのことだ。

 この映画のメインの顔といっていい二人だけの切迫したシーンで、地球に帰らないことを選択したギレンホールにこう言われるなら止める手立てもないだろう。彼はアンニュイだがペシミストではなくて、80億の中で誰よりも信頼できる男だ。6人の登場人物が簡潔に示される宇宙船内の冒頭のシークエンスで、ギレンホールの姿をみとめた瞬間それだけでホッとうれしくなるほど映画に愛された俳優でもある。

 〈人類の夢も未来も砕かれる〉──このキャッチコピーが、まさにそのまま身もふたもなく描かれて終わる壮大な“ユーモア”SFホラー『ライフ』。恐ろしく、悲しく、美しく、荘厳でさえあるこの映画が、なおかつ鑑賞後はつい笑いださずにはいられないほど相当にハッピーな作品であることはまちがいない。絶望的なのに、活気づけられる。ブラックともアイロニカルともちがう、あまりにチャーミングで輝かしいこの映画のユーモアに、過酷な夏もだんぜん元気に乗りきれる気がしてくるのだ。

 どんでん返しやら衝撃のラストやらオチやら着地やら、そんなどことなく品のないフレーズで作品のラストが語られるのを頻繁に目にする昨今だが、この映画についていえばたしかに着地(というか着水)するのだし、それはまぎれもなく衝撃のオチとしかいえないような呆気にとられるどんでん返しなのだった。こみ上げる笑いの発作で、快活にならざるをえない。

……ここまで書いて、筆者は試写で見たこの映画をもういちど公開初日に近くのシネコンへ見にいってみた。やはり、すばらしい作品である。オチが分かっているのに、最初に見た時とまったく変わらない緊張感とスリル。いっそう繊細に感じとれる人物たちの心のドラマ。本来は退屈なはずの宇宙空間を、優雅で的確な無重力状態の演技と演出でスマートに描きながら最後までじっくり見るよう促してくる。

 火星から採取した未知の生命体(ライフ)をもっとも愛したのがアリヨン・バカレ演じる生物学者のヒューで、初見で気になっていた彼の恍惚を二度目であらためて確認することができた。彼はすっかりライフに憑りつかれていて、足を食われながらもうっとりしているようにしか見えないのだった。不可解な愛だが、あまり責められない。奇妙なまなざしを彼が〈何か〉に向けるカットはこの映画に素敵な不気味さを挿入している。全体としてはきわめて健康的な作品だが、ここだけわずかに倒錯的なのだ。

 健康的というのは、この映画が人物一人一人をシンプルだがごく丁寧に──人間としての尊厳を損なわずに──恐ろしい目にあわせる(!)からだ。アメーバ状の微生物から凶暴なエイリアンにみるみる変異する「カルビン」──〈それ〉の名だ──は、見る者の息がつまるようなむごたらしい仕方で善良なクルーを一人ずつ片付けていく。

 だが、人間がしっかり描かれているため、グロテスクながらも彼ら一人一人の死の痛ましさに胸を打たれる。尊い人間が死んだという悲しみが残虐のスペクタクルに勝って──あるいはそれと相まって──感銘を与えるのだ。だから、ヒドイ話なのに、いやな感じがしない。先に公開された『メッセージ』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ)が、宇宙人とは友好的な関係を築くが全体には厭世的で諦念にもとづいた作品に思えるのに対して、ここでは人間が信頼されている。

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