門間雄介の「日本映画を更新する人たち」第11回

窪塚洋介の“全盛期”はいま訪れようとしている? そのキャリアと日本映画の大きな変化

 まずは1989年までさかのぼりたい。

 この年、北野武『その男、凶暴につき』、阪本順治『どついたるねん』というふたつの初監督作が公開された辺りから、日本映画は新しい時代に入っていった。同年公開のジム・ジャームッシュ『ミステリー・トレイン』も、「日本映画がなんだか変わろうとしている」という印象を多くの人たちに与えることに繋がっただろう。永瀬正敏が出演していたからだ。

 永瀬はその後、90年代前半から中盤にかけて『私立探偵 濱マイク』シリーズやフリドリック・トール・フリドリクソン『コールド・フィーバー』、ハル・ハートリー『FLIRT/フラート』など海外作品に出演して、従来の日本映画の枠をはみ出した独自のスタンスを築いていく。そんな永瀬とシンクロするようにして、日本映画の新しく大きな波を作りだしたのが浅野忠信だ。是枝裕和、岩井俊二、青山真治ら当時の新鋭たちとコラボレーションし、ファッションや音楽といった隣り合うサブカルチャーにも接近した浅野は「日本映画が大きく変わった」ことを印象づけた。

「永瀬、浅野に続く俳優はいったい誰か?」

 そんな問いが関係者やファンの間で持ちあがったのは2000年に近づいたころだっただろうか。さまざまな人たちがさまざまな予測を口にするなか、01年『GO』で答えを出したのが窪塚洋介だった。00年、そして01年と、ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』『ストロベリー・オンザ・ショートケーキ』『もう一度キス』に出演し、溌剌として奔放な芝居を見せた彼は、監督に行定勲、脚本に宮藤官九郎を迎えた新世代によるこの青春映画で、潜在する力を炸裂させた。彼だ。彼しかいない。02年『ピンポン』は決定打だった。

 しかし彼の役者としてのキャリアは思いもしなかったほうへ転がっていく。04年の転落事故以降、彼の魅力を十分に引き出すような映像作品は減り、音楽活動の比重が大きくなっていった。それでも彼の精力的な俳優活動を待望する声は途絶えなかった。08年にインタビューした蜷川幸雄は、『ピンポン』をたまたま観たばかりなんだと断ってから、「彼はいいね、窪塚洋介は」と興奮した口ぶりで言った。蜷川は10年『血は立ったまま眠っている』で窪塚を初の演劇の舞台に引っ張りだしている。マーティン・スコセッシもまた、先入観にとらわれず窪塚の才能に目を留めたひとりだ。『沈黙ーサイレンスー』に出演する日本人キャストのオーディションを09年に始めた彼は、キャスティング・ディレクターのエレン・ルイスに薦められ、主要キャラクターであるキチジローを演じる窪塚のオーディションテープに目を通した。

「ビデオを観たら、彼は力強く演じているだけでなく、心から正直に演じていて、役を心底から理解しているなと感じた。まるで目の前でキチジロー役が作られていく光景を見ているようだった」

 16年の来日記者会見で、スコセッシは窪塚と並び、彼との出会いをこのように話した。今年公開された『沈黙ーサイレンスー』を観れば、彼が信仰と本能の間で揺れ動くキチジローを、この上なく純粋に演じていることがよくわかる。役者として表舞台に出る機会が少なくなっても、その輝きはなんら失われず、魅力が色褪せることはなかったのだ。そして久々の主演作『アリーキャット』では、自然で、伸び伸びとして、型にはまらない彼の持ち味が存分に堪能できる。

『アリーキャット』

 『アリーキャット』は、窪塚扮する警備員とDragon Ashの降谷建志扮する整備工が、何者かに付け狙われる女を窮地から救うバディムービー。物語の冒頭、「マル」と呼びかわいがる野良猫が行方不明になり、保健所を訪れた警備員の男は、マルを抱えた整備工の男と鉢合わせになる。しかし整備工は猫を「リリィ」だと言い張り、警備員の説得に応じず、そのまま猫を連れて消えてしまう。一見いかつい感じのふたりが、猫を巡って子どものように口げんかする姿は、そのやりとりが噛み合わないほどに面白い。本作の魅力は何よりまず、互いを「マル」「リリィ」と呼び合うようになる、そんなふたりのバディぶりにある。荒ぶっていても粗野でなく、軽妙だけど軽薄でない彼らの品や調子は、おそらく窪塚と降谷の地にある人間味から生まれたものだろう。芝居としては受けに回った窪塚の、めったに見ない哀しさや優しさを引き出したのは、動物的で愛嬌がある降谷の演技だ。役者としての経験も豊富な監督の榊英雄が、ふたりに創造的な芝居の場を用意したことももちろん大きい。

 2008年、雑誌『T.』の取材で窪塚はこんなことを言って笑っていた。

「たまに『全盛期と変わんないね』とか言われたりするんだけど、全盛期これからだからさって」

 その全盛期がひょっとしたらいま、彼に訪れようとしているのかもしれない。

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