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マイク・ミルズからの心のこもった贈り物 『20センチュリー・ウーマン』は何度でも見たくなる

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 トランプが大統領に当選した昨年末、人間の出てくるアメリカ映画を見るのがすっかりいやになって、ピクサーのアニメーション作品『カーズ』(ジョン・ラセター)のDVDを借りてきて見ていた。車社会にもいろいろ問題はあろうが、とりあえず人間の一人も出てこないアメリカ映画なら見られる、という心境だったのだ。

 だが、ずっとそうしているわけにもいかず、なんだか周囲が盛り上がっているようにもみえたので重い腰を上げて最初に見に行ったのが『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(リチャード・リンクレイター)。見ているあいだじゅう、顔が笑いっぱなしなほど楽しかったにもかかわらず、帰宅の足はどんよりと重い。「ボクら」の世界はもうたくさんだ……たぶんそんなふうに思ったのだろう。

 思えばここのところ、女性にパワーを与える作品としておおいに話題を呼んだ『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(ジョージ・ミラー)にも、女性版としてリメイクされた『ゴーストバスターズ』(ポール・フェイグ)にも、ほとんどといっていいほど乗れずに気落ちしていたようなものだったのだ。いずれも、いいところは最後に男が持っていくようにしか思えなかったからだ(前者は無口でリベラルな風来坊のトム・ハーディが、後者はチャーミングで間抜けなハンサムのクリス・ヘムズワースが)。モヤモヤする。どうにも物足りない。21世紀のwomen’s cinemaはどこにあるのか? と。

 もっとも、去年に関していえば始まりには『キャロル』(トッド・ヘインズ)があったし、終わりには『ガール・オン・ザ・トレイン』(テイト・テイラー)の公開があった。だが、前者で卓越した女性像を映画史に刻んだケイト・ブランシェットがアカデミー主演女優賞を逃したショックはあまりに大きく、また、後者はきわめてすぐれた女性映画にもかかわらずひっそりと公開時期を終えた寂しい印象を残す。それに、いずれも監督は男性であるから、こうした傑出した女性映画を撮る女性監督を求める気持ちも高まっていく。

 そんな中、文句なく100点満点!と最高にテンションの上がった作品が『スウィート17モンスター』(ケリー・フレモン・クレイグ)だ。4月下旬に公開されたこの映画、「女子による女子のための女子の映画──7歳から97歳くらいまで──」と、なんのためらいもなく言える万事快調な女子映画だった。今年はこれ一本で満足とさえ思えたその矢先、さらにさらっと登場したのが本作──『20センチュリー・ウーマン』だ。これはいったいどんな贈り物だろう?

 マイク・ミルズ監督の『20センチュリー・ウーマン』は、ぜひ何度でも見てほしい(見れば見るほど良さが分かってくる)新鮮な映画だ。ノスタルジーもなければファッショナブルでもない。ただ一人一人の人間や事物を、まるでグレタ・ガーウィグが作中で撮った私物の写真のようにちょっと悲しく飾り気なく、何もおろそかにせず提示している。

 アネット・ベニング演じる母親のドロシアは最後まで素っ気なく、「母の物語」としては寂しすぎると感じるかもしれない。だが、近づき得ないものとして母の孤独を尊重する15歳の息子ジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズマン)が、それでも彼女を理解し、自分にもっとも近い人間として接近をあきらめない気持ちが(何度も見るうちに)伝わってくる。

 映画を一本撮ったからといって、それで終わりではない。「そして人生はつづく」は、昨年逝去したアッバス・キアロスタミ監督の作品のタイトルだが、『20センチュリー・ウーマン』は、20世紀の女性たちが残した宿題(キアロスタミには『ホームワーク』という珠玉の作品もあった)を、ムリせずに少しずつ片付けていくための薄くて小さな教科書のようだ。瀟洒でコンパクトなその教科書の表紙にはすっきりとした字体でシンプルにフェミニズムとだけ書いてあって、私たちはその内容を茶化したり丸め込んだりすることなく、つねに初めて出会う知識であるかのようにフレッシュな瞳で──ジェイミーのように──取り組んでいくことができる。

      

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