ウディ・アレンは新たなステップを踏み出したーー『カフェ・ソサエティ』が描く現実的な恋物語

久保田和馬の『カフェ・ソサエティ』評

 日本では“オシャレなミニシアター映画”の代表として、90年代ごろから人気が高騰してきたウディ・アレン作品。現在公開中の『カフェ・ソサエティ』もまた、きらびやかな衣装と美術、30年代アメリカのショウビズ界というアイコンを駆使して展開されるビターな恋模様で、彼の作品のファンならずとも魅了する。

 スタンダップ・コメディアンとしてキャリアを確立したアレンのフィルモグラフィーは、その多様さに敬服させられてばかりだ。一貫していることは、ダイアログに重点を置き、キャストの魅力を隈なく引き出していくこと。だからこそ、アカデミー脚本賞受賞3回(候補16回)、彼の作品からの演技賞受賞7回(候補18回)という素晴らしい記録が生まれているのだ。

 そして何より、舞台となる街への愛情が、作品全体から滲み出ていることも忘れてはならない。今回の『カフェ・ソサエティ』で舞台となるのは映画の都・ハリウッドと、アレンの本拠地でもあるニューヨークだ。

ニューヨークとウディ・アレン

 “ニューヨーク映画の巨匠”として、これまでニューヨークを舞台にした作品にこだわり続けてきたアレンだが、ここ数年はその傾向を自ら崩していた。2005年の『マッチポイント』に始まるロンドン3部作、バルセロナを舞台にした『それでも恋するバルセロナ』を経て、一度『人生万歳!』でニューヨークに帰ってくるも、大ヒット作『ミッドナイト・イン・パリ』や、『ローマでアモーレ』と再びヨーロッパを巡り、前作の『教授のおかしな妄想殺人』ではニューヨークのお隣、ロードアイランドを舞台に選んだ。

 しかし、やはりアレンの作風はニューヨークでこそ映える。80年代後半から90年代前半(個人的には“ミア・ファロー期”と呼んでいる期間の終盤)にかけて彼が手がけた、ダークで陰鬱な作品はどれも、大都市ニューヨークの片隅で生きる中流階級の人々の孤独を描き出した、まさに寒冷地ニューヨークを象徴したような冷ややかな作品であったわけだ。

 2001年、同時多発テロの直後に発表した短編作品に『Sound From a Town I Love』という作品がある。マディソン・スクエア・ガーデンで行われたコンサート映像を収録したドキュメンタリー内に登場する同作は、ニューヨークの街を生きる人種も年齢も性別もバラバラな人々が、それぞれ携帯電話で喋りながら街を闊歩する様子を映し続けた3分間の短編だ。ニューヨーカーの抱える孤独と不安が、誰かとの会話で満たされていき、最後は「I Love This Town」との短い言葉で締める。まさに彼にしか描けない“ニューヨーク、アイ・ラブ・ユー”なのである。

ハリウッドとウディ・アレン

 『カフェ・ソサエティ』の序盤、仕事を求めてジェシー・アイゼンバーグがニューヨークからハリウッドに渡ってくる。90年代中盤からショウビズ界を描いた作品を多く手がけ、2002年に『さよなら、さよならハリウッド』と題した映画を作ったアレンだが、意外なことにハリウッドが正式な舞台となるのは今回が初めて。大きく見て西海岸が舞台になるのも、『ブルージャスミン』以来のことだ。

 このハリウッドで、クリステン・スチュワートと出会い恋に落ちる主人公。もちろんロマンティック映画として、メインカップルの出会いと別れというのは必要不可欠な場面であるが、アレン流ロマンティック映画の本質は、後半のニューヨークの場面でこそ発揮される。それについては後述することにしよう。

 では、この前半のシークエンスの意義はどこにあったのか。1930年代といえば、ハリウッド映画の黄金期と呼ばれる時代だ。1935年に生まれたアレンは、家庭環境から逃れるために映画と音楽に没頭していたという。つまり本作では、少年時代のウディ・アレンが夢見た世界が描かれているのだ。劇中には数多くの30年代映画界の人物の名前が登場し、ジャック・コンウェイの『結婚クーデター』や、ジョージ・スティーブンスの『有頂天時代』が登場するなど、当時を象徴する映画の華やかさがこれ見よがしに映し出されていく。いわば、アレンの愛する芸術全体へのオマージュを捧げた『ミッドナイト・イン・パリ』と双璧をなす、アレン自身のルーツへの回帰なのだ。

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