速水健朗の『ワイルド・スピード ICE BREAK』評:シリーズの核心は“バーベキュー”にある

BBQ映画としての『ワイルド・スピード』

 世の中には、バーベキュー・ピープルと呼ぶべき人々が存在する。

 一応、ネットの世界ではバーベキューに過剰に反応する連中がいるので釘を刺しておくが、僕はバーベキューが苦手な1人だ。人生において、3度しか参加したことはない。

 それはさておき、バーベキューというのはけっこう大変なものだ。参加する友人たちの時間を調整し、誰のクルマに分乗するか交通手段を差配し、さらに予算を徴収した上で、役割を分担し、買い出しを行い、肉や野菜を調達する。

 調整差配徴収分担調達分配。行政の教科書に出てくる言葉のオンパレードだ。バーベキューを仕切るやつの能力は、相当に高い。だからといって学生時代、生徒会長をやってたような奴が向いているかというと、それも違う。「肉はすぐにひっくり返すな」とか細かいところまで指示を出すような小役人的な人物とバーベキューを楽しみたい人間なんてどこにもいやしない。

 細かい気配りもできて行動はあくまでおおらかで人望がある。そんな奴じゃないとバーベキューの差配者にはなれやしない。僕の知る限り、最強のバーベキュー主催者は、ワイスピシリーズの主人公・ドミニク(ドム)だ。

 さて最新作『ワイルド・スピード ICE BREAK』。当初は、単なる改造車の草レースを楽しんでいたギャングの集団でしかなかったドムたちは、危機に立たされた世界を救うような存在に変化してしまっている。

 世界で一番観客動員できる映画のシリーズになってしまった以上、変化は仕方がない。でも変わっていない部分もある。それはドムのキャラである(もちろん、ドムが登場しない3作目は除いて)。犯罪者の側にいたり、世界を救ったりもするけど、家族と仲間を大事にする彼の行動原理に実はぶれはない。そんな彼の信念がクリアに示されるのが、シリーズを通して必ず登場するバーベキューの場面ではないだろうか。そう、ワイスピシリーズの核心は、バーベキューにあるのだ。この映画の本質を理解するために必要なのは、クルマの知識やそれへの興味ではない。むしろ、バーベキューだ。

 最新作の中身に触れていこう。冒頭はキューバだ。旧車のアメ車天国。アメリカとの国交が断絶していた時代に、正規の部品も入ってこなかったキューバでは、船のエンジンをクルマに積んでしまうような独自の改造車文化が生まれている。とりあえず、何にも巻き込まれずにいるドムは、この国でクルマと自由な空気に包まれ、満足げに暮らしている。おそらくは日常的にバーベキューをやってビールを飲みながら静かに暮らしているのだろう。

 『ワイルド・スピード』シリーズでは、冒頭、ラテンアメリカ世界から始まることが多い。パーティーでかかっている音楽も、ラテンアメリカの影響が強いレゲエ、レゲトン、マイアミベースなどといったジャンルで、それも彼らがバーベキュー・ピープルであることと結びついている。バーベキューの語源、バルバッコアはスペイン語であり、肉をじっくりいぶしたり焼いたりする料理も中南米ラテンアメリカ由来のもの。ちなみに、シリーズを通してドミニクが愛しているビールの銘柄は、メキシコのコロナだ。

 経済学者タイラー・コーエンの著書『エコノミストの昼ごはん』には、アメリカのおいしい食は、移民文化の受け入れと密接な関係にあるとして、その例としてバーベキューが多く触れられる。南部のアメリカには、たっぷり時間のかかるバーベキューを食べさせる店が昼間っから賑わっているのだという。

 移民文化、ラテンアメリカと結びつく南部のアメリカ。ワイスピが生まれる文化的背景と、バーベキューはつながりが深い。

 冒頭のパーティから草レースへという展開もおなじみのものだ。ちなみに、このキューバを舞台とした導入部は、ドミニクのキャラクター紹介するために存在する。大人気シリーズとは言え、未見のお客さんのためにも必要になっている。

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