サエキけんぞうの『SING/シング』評:流行音楽を蘇生させるパワーがここにはある

サエキけんぞうの『SING/シング』評 

 そしてなんといっても動物たちの表情の豊かさだ。特に興奮すると、ハリの毛が飛び散るヤマアラシの女性パンクロッカー・アッシュ。動画サイトでも抜群の人気の彼女の秘密は、ロック・シンガーの表情を研究しつくした表情筋の動き。特にツラそうなほど歌に酔う時の眉と閉じた目尻、あのロック歌手独特の法悦の表情を信じられないほど上手に再現している。

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 ぬいぐるみで表現されると顔に触りたくなる。2Dアニメとの違いは、触感に訴えてくるところ。心臓がバクバクしそうな可愛いエピソードが沢山用意された。主婦ブタ、ロジータが面倒を見る25匹の子ブタ達も、画面いっぱいに25の表情をぶつけてくるのでたまらない。なんといっても可愛さのクライマックスは、主人公のコアラ、バスター・ムーンが金に困って、自動車洗車のモップになってしまうところ。そのモフモフ感は、アニメ技術の細かさだけではなく、困り果て、人生を半分投げた人間が発する「祈るような脱力感」が下味になっている。オーディション物語ということで、様々な人生がオムニバスで畳み込まれたこのミュージカルの凄さは、多数のユニークな登場人物(動物)の匂いを3Dアニメで発させたからなのだ。

 さて、チビのネズミ、やたらプライドが高く歌唱力のあるマイクがクライマックスでとんでもない逆境をハネ返しながら熱唱する「マイ・ウェイ」。その歌の真価が日本人には伝わらないことを述べておこう。

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 「船出の歌」として映画中でもおなじみの訳詞で歌われる「マイ・ウェイ」。残念ながら原詞とはまるで内容が違う。原詞の直訳内容をサエキが綴ってみる。「今、人生が最後に近づく。友達に囲まれていて、心に嘘はない。もめごとばかり起こしてきたけれど、思うように生きてきた俺の道。身のさだめを逃げないで進んだ。思うまま生きよう、自分の道。手に余ることならだれにだってある。いいあいや、どなりあい、遠慮せずしよう 心の思うまま生きよう自分の道。自分のすべてを、裸でさらそう。自分がもし自分でなくなったらどうする? 他人の人生は、借りることができない!そう心の思うまま生きようマイウェイ」

 どうだろう? アメリカの肉体労働者なら、だれもが泣いて合唱しそうな「マイ・ウェイ」の歌詞の真実。それは身分や人種を問わずに心をとらえる飾り気のないアメリカン・ポップスのパワーを現している。素晴らしいポップスは新旧問わず、歌詞もカッコいい。この歌詞の内容で、あの生意気なネズミ君に捨て身で熱唱されたら、グっと来るだろう?

■サエキけんぞう
ミュージシャン・作詞家・プロデューサー。1958年7月28日、千葉県出身。千葉県市川市在住。1985年徳島大学歯学部卒。大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。沢田研二、小泉今日子、モーニング娘。など、多数のアーティストに提供しているほか、アニメ作品のテーマ曲も多く手がける。大衆音楽(ロック・ポップス)を中心とした現代カルチャー全般、特に映画、マンガ、ファッション、クラブ・カルチャーなどに詳しく、新聞、雑誌などのメディアを中心に執筆も手がける。

■公開情報
『SING/シング』
全国公開中
監督・脚本:ガース・ジェニングス
製作:クリス・メレダンドリ、ジャネット・ヒーリー
出演:マシュー・マコノヒー、リース・ウィザースプーン、セス・マクファーレン、スカーレット・ヨハンソン、ジョン・C・ライリー、タロン・エガートン、トリー・ケリーほか
出演(吹替版):内村光良、MISIA、長澤まさみ、大橋卓弥(スキマスイッチ)、斎藤司(トレンディエンジェル)、山寺宏一、坂本真綾、田中真弓、宮野真守、谷山紀章、水樹奈々、大地真央
吹替版演出:三間雅文
日本語吹替版音楽プロデューサー:蔦谷好位置
日本語歌詞監修:いしわたり淳治
配給:東宝東和
(c)Universal Studios.
公式サイト:http://sing-movie.jp/

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