『乱』プロデューサーが語る、黒澤明の素顔 「集中力が奇跡を生み出した」

『乱』プロデューサーが語る黒澤明

 名匠・黒澤明監督の27本目の作品『乱』。巨額の製作費のため、なかなか製作のメドがつかずにいたが、ジャック・ベッケル、ルイス・ブニュエルなどの作品を手掛けたフランスのプロデューサー・セルジュ・シルベルマンからの申し出によって日本ヘラルドが協力し、製作費26億円をかけて完成。黒澤明が「人類への遺産」と語る本作は、第58回米国アカデミー賞衣装デザイン賞(ワダ・エミ)をはじめ、国内外で数々の賞に輝いた傑作として、今なお多くのファンに愛され続けている。

 この度、リアルサウンド映画部では、『羅生門』でスクリプターとして参加して以来、黒澤明を支え続けた野上照代氏、ヘラルド・エースに所属していた井関惺氏にインタビューを行った。黒澤明監督の素顔から、製作の裏側まで、4Kデジタル修復版としてスクリーンに蘇る本作の魅力を語ってもらった。

黒澤明の集中力が生み出すエネルギー

20170401-ran-nogamiiseki.jpg
左=野上照代 右=井関惺

――“プロダクション・マネージャー”と言っても、その役割は様々です。当時、お二人はどんな仕事を?

野上照代(以下、野上):私は監督をなだめる役をしていただけよ。

井関惺(以下、井関):僕は当時務めていたヘラルド・エースの上司、原正人さんが製作を担うことになって、現場担当として『乱』に参加しました。でも、僕は何もやっていないです。夜な夜な黒澤監督の麻雀に付き合っていただけで(笑)。

野上:サージ(本作のプロデューサーを務めたセルジュ・シルベルマンの愛称)はこれまでもすばらしい作品を世に出している。フランスの映画を作ってきたサージは、資金のやりくりから、映画全体の方向性まで、その博識ぶりがすごかった。映画の作り方を改めて学ばせてもらいました。

井関:フランスの映画会社ゴーモンが資金の大半を出してくれることが決まっていたのですが、フランス政府からの制限措置などもあって、一度は中断してね。そこで、日本のヘラルド・エースが製作に参入することになり、僕も途中参加したわけです。野上さんはサージのやり方が勉強になったとおっしゃいましたが、サージもゼネラル・プロダクション・マネージャーとして参加していたウーリッヒ・ピカールも、野上さんにかなり助けられたと話していました。とにかく黒澤さんは頑固な人だから、プロデューサーの意見も跳ね除けてしまう。その間を野上さんが交通整理していた姿が印象に残っています。黒澤さんはシーンごとにこだわりにこだわり抜くから、どんどん予算がかかって……。

20170401-ran-sub4.jpg
アカデミー賞を受賞したワダエミの衣装は総額4億円を費やした

野上:予算と言えばこんなエピソードがあります。当時、『赤ひげ』の撮影中、『アラビアのロレンス』の主演スター、ピーター・オトゥールが撮影現場を見学に来て、『アラビアのロレンス』の撮影の話をしてくれました。それを聞いた黒澤さんが「デヴィッド・リーン監督すごいなあ! 俺だったら何十億ももらったら怖くて使えないよ」なんておっしゃるんですよ(笑)。

井関:その話をもっと早く聞きたかった(笑)。

――改めて本作を4K版で観直しましたが、こんな日本映画はこの先もう作れないかと思うほどのスケールの大きさです。

20170401-ran-sub5.jpg

 

野上:『乱』と同じ予算を集めることはできても、そのお金を映画に昇華できる監督がいなければできないことです。どのシーンを観ても、画面全体がエネルギーに満ちあふれている。黒澤さんがなぜあれほどの予算を必要としたのか、完成した作品を観ると納得してしまう。

井関:当たり前なのかもしれないですが、黒澤さんは集中力がものすごかった。それは映画だけではなく、ありとあるゆることに集中力があるんです。だから、先程お話した麻雀でも、完全に没頭してしまう。麻雀をやっている間は、黒澤さんは映画のことも一切考えなくなるから、野上さんはじめ他のスタッフはその間は解放されて(笑)。翌日の撮影準備があるから他の皆は相手ができない、だから何もしていない僕がずっと相手役だった。

野上:だから、スタッフのみんなが、時間が欲しそうなときは食事のときに「昨日の麻雀はどうでした?」なんて聞いて、今日もやるようにけしかけて(笑)。麻雀というと、何かしら賭けたりするとは思うんですが、一切何も賭けることなくやっていました。なのに、麻雀をしているときの監督の顔を観ると、撮影現場と同じくらい真剣な顔をされていて。この集中力があるから、あれだけ熱量のあるカットを撮れるのだろうなと思ったものです。

20170401-ran-sub2.jpg

 

――黒澤監督とプロデューサーの関係性は?

野上:基本的に、黒澤さんにとってプロデューサーは、自分を制約する“敵”でした。だから、間に立っている人が大変でした。サージは何やってもあまり喜ばれないでかわいそうだった。最後まで、きちんとした形で、監督からお礼の言葉を送ることができていなかったので、それは心残りですね。

――サージさんから内容に関しての注文はかなりあったんですか。

井関:最初のころは結構ありました。ただ、黒澤さんがすごく嫌がるのを、サージもある程度理解してきて、最後のほうは減りましたけど。

野上:でも、黒澤さんとサージが唯一心を通わせていた瞬間がありました。『乱』の中でもよく語られる、城の炎上シーンです。4億かけて作ったお城を燃やしてしまう最初で最後のカット。結果、撮影は大成功して。メイキング映像にも収録されていますが、ふたりともすごい笑顔でね。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる