BOMIの『哭声/コクソン』評:なんだかわからないけどスゴい! 緊張感が途切れない衝撃作

BOMIの『哭声/コクソン』評

 シンガー・BOMIの映画連載「えいがのじかん」。第2回となる今回は、3月11日に公開されたナ・ホンジン監督最新作『哭声/コクソン』をピックアップ。前回の『ラ・ラ・ランド』には辛口だった彼女は、大ファンだというナ・ホンジン監督の最新作をどう観たのかーー。(編集部)

「一瞬足りとも緊張感が途切れない衝撃作」

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 『哭声/コクソン』は、今年初の衝撃でした。「ジャンルは何?」ってもし聞かれても、うまく答えられない。唯一言えるのは、暫定で今年一番、瞳孔が開いた映画だったということです。冒頭、韓国映画でよく描かれる犯罪サスペンスのていをとっていたので「むむ、もしかすると眠いかも…」と心配したのですが、秒で杞憂に終わりました。それから数分も経たないうちに、“文字通り”手に汗握り息飲むシーンの連続に突入。観終わった後には「え…誰が本当のこと言ってるの!? よくわからん! わからんけどこれ…んん? やっぱりどういうこと? わかんない。けどなんかスゴいもの観ちゃったのかもしれない」と鼻息荒く、説明しようのない興奮状態に陥りました。第六感で「これはやばい」とピーンときたんですね。なんだかわからないけどスゴいって、スゴくないですか。わからないのにスゴいって、表現の中でも最上級レベルだと私は思っていて。わからないものこそ知りたくなる、追いたくなるのが人間の心理だとしたら、この作品はそこを完全に突いています。

 さて、この辺りで少しあらすじを紹介すると、ある日を境に、韓国の平和な田舎村で残酷な殺人事件が立て続けに起き始めることで物語は始まります。そのある日というのが、ひとりの(國村隼演じる)日本人がこの村に来た日で、あの日本人の呪いで村の人たちに霊が取り憑いて事件を引き起こしているんじゃないか、と村人の間で噂され始めます。私、この時点では、他者を排除する田舎の村社会の残酷さみたいなものを描く社会派サスペンスなのかな、と思っていました。前半は、國村さん演じる日本人にちょっと同情してしまう感じも残したままストーリーが描かれているので、そう思ったんですが。

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 でも、物語の中盤でどんでん返しが起こる。ていうか、ちょっと言っちゃうと、途中でゾンビ出てくるわ(このゾンビがなかなか死なない、とても味のあるゾンビだった)、カラス死にまくるわ、いつの間にかオカルト要素てんこ盛りで、そのどんでん返しっぷりは、クエンティン・タランティーノ監督の『フロム・ダスク・ティル・ドーン』に近いでしょうか(この映画のサスペンス風味からの痛快なB級映画への変化っぷりはカオス過ぎて一生忘れられません)。なのにちゃんと、時間軸としても普通に物語として成立していて。ネタバレになっちゃうから、皆さんに楽しく観てもらうためにも細かいところはあんまり言いたくないのですが、撮影現場の裏が見たくなるようなシーンばかり(笑)。とにかくそこからはどんでん返しに次ぐどんでん返しで、一瞬足りとも緊張感が途切れない。やっぱりナ・ホンジン監督は天才ですね。6年ぶりの作品ということでしたが、前作『チェイサー』『哀しき獣』よりもさらに磨きがかかっているないう印象でした。

 あとやはり特筆すべきは、ナ・ホンジン映画に出てくる役者のクオリティーの高さ。ナ・ホンジン監督の映画って、本当に芝居の上手い人しか出てこないんです。これまでの作品『チェイサー』や『哀しき獣』は、(本当に雑ですが)ざっくりまとめると、良い者役と悪役が追いかけっこをする作品。『チェイサー』では、元警官の現風俗店経営者で正義感が強く、自分の店の女の子を殺したであろう犯人を追う良い者役だったキム・ユンソクが、『哀しき獣』では朝鮮族自治区でチンピラをしながら、お金のためなら平気で魂を売るクズみたいな悪役を演じている。『チェイサー』では、みるからに安心安全そうな顔をしながら、平然と動物を捌くみたいに人間を殺す悪者役だったハ・ジョンウが、『哀しき獣』では家計の苦しさから家族のために犯罪に手を染めてしまう貧しい男という良い者役を演じる。この2作品はともに「追う・追われる」映画ですが、役者の演技込みで見比べるのも楽しいくらい、ふたりの主要キャストがそれぞれの作品で全く真逆の役柄を演じていました。特にハ・ジョンウは顔が薄いこともあってか、作品によって印象がコロコロ変わるし、出演していてもハ・ジョンウだと気付かないこともあるぐらい顔つきから何からまるっと変わるんです。

 『哭声/コクソン』にはハ・ジョンウもキム・ユンソクも出ていませんが、今作も主人公がまたいい役者さんで。今作で主人公の警察官ジョング役を演じているクァク・ドウォンは、実は『哀しき獣』で殺しの標的となる大学教授役をやっていた人だということ、やはり全然気がつきませんでした。絶対観てるはずなのに。全然印象が違うんだもん。。。今作ではクァクさんの「なんでもない田舎の正義感の強い警察官」という感じがスゴく効いているなと思いました。その普通さが、この映画の異常性をより引き立たせていたのは間違いありません。

 クァク・ドウォンをはじめ、キャスト陣はみんな本当に素晴らしかった。祈祷師役のファン・ジョンミンの祈祷シーンなんか、本当にスゴかった。実際に祈祷するシーンでは10分くらい踊り狂っていて、もうほぼほぼトランス状態。たぶん監督からしても、相当こだわりのあるシーンなんでしょうね。演技も演出も小道具も、念入りに下調べされているなと感じました。韓国って、儒教が文化の元となっているとよく言われますが、それ以上に現代では異常に発達したキリスト教社会でもあるのですが、今作で主人公の警察官が娘を助けたくて門を叩く先は、「祈祷師」なんです。教会にも行くんですが、牧師様に「うちでは助けられない」と軽くキックアウトされていて。このシーンにも、監督の思想を感じましたね。キリスト教に対する疑問符が見えました。

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 そういった点では他監督の作品ではありますが『シークレット・サンシャイン』なんかとの共通点も見出せます。個人的には、目撃者ムミョン役のチョン・ウヒに惹かれました。出演シーンこそ多くはなかったですが、現実の人物なのかもわからないぐらい、浮世離れした独特の世界観を醸し出していて、物語のキーパーソンになっていた。あと、可愛い。とても可愛い。必然、他の作品も観たくなりました。國村隼さんは、本当に不気味な役で、ひとりで山奥のボロッボロの家に住んでいて、怖そうな犬を飼っていて、かと思えば軽妙にその不気味さを裏切って、ただの旅人のように見えたり、たくさんセリフを発するわけでもないのにその存在感が強くて。韓国で最も権威のある賞を獲ったのも納得の怪演でした。はぁ。みんなどうやって役作りしているんでしょう……。

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