『君の名は。』は映画市場をどう変えたか? GEM Partners梅津氏が読む、2016年の興行データ

マーケターが読む2016年映画興行

2008年頃にデータ分析の世界ではイノベーションが起こった

ーー映画・映像業界に特化した分析サービスの会社を立ち上げたきっかけは?

梅津:映画業界に入りたいと考えた時、多くの方は「映画を作りたい」という発想の方が多いと思うのですが、私はどちらかというと映画ビジネス全体に興味があって、プロデューサーというより経営者の視点から世の人がもっと映画を見るようになる仕組みを作りたいと考えて、2008年に会社を立ち上げました。とはいえ、当初から具体的なプランがあったわけではなく、映画業界のクリエイターや宣伝担当のトップの話しを聞いているうちに、 前職がコンサルタントだったこともあり、データの分析に基づいた宣伝のやり方を考えることで貢献できるのではないかと考えるようになりました。業界の方々の間では、「あの作品って客層はどんな感じだったの?」「けっこう女性が多かったみたいですよ」みたいな会話が日常的に行われているんですね。でも、女性が多かったとしても、6:4と9:1では全然違います。そこでデータを基に「実際は8:2でしたよ」と提示できると、その方々は判断の精度が上がり、作品のコンセプトと目標興収から、ターゲットをどう設定してどんなタッチで映画を伝えていくのがより効果的かを計画できます。最初のお客様は映画配給会社のギャガで、当時の宣伝のトップだった星野有香氏が私の話を面白がってくれて、『セックス・アンド・ザ・シティ』の宣伝戦略のための分析プロジェクトを発注していただきました。

ーー映画業界におけるデータの検証は、それまで十分ではなかった?

梅津:映画業界に限らず、「インターネットによる市場調査」がどんどん増えたのはちょうど会社を立ち上げた2008年頃でした。その後、すごく安価にできるようになったんです。インターネットで簡単かつ大量にデータを集められるようになり、またインターネットリサーチ会社がどんどん設立しました。そこでどう差別化を図って付加価値を付けるかが大切になってきて、弊社の場合でいうと、大きな資本を投下してモニターを持つという発想ではなく、映画に特化してしっかりと調査設計と分析をすることに重きを置きました。一般的な分析ノウハウだけでなく、映画業界の基本的な知識、たとえば配給会社別のシェアや興行成績の見方をすでに知っていることで、弊社が映像事業者の方々にとって付加価値を提供できるように工夫をしました。映画会社によっては、マーケティング/リサーチ部門を社内に設けていなかったり、多くの人数を配置できない場合もあるため、そういう場合に弊社を活用していただく、業界内のシェアードサービスのような立ち位置でありたいと考えています。

ーー依頼増加のターニングポイントとなったのは?

梅津:弊社の代名詞的なサービスであるCATSがうまくいったことで、業界的な知名度は高まったと思います。CATSは、劇場公開に向けて宣伝中の作品の認知度や意欲度を調査するとともに、テレビ露出量や劇場予告編到達率、デジタルにおける最新露出状況などを毎週調査するトラッキング・レポートです。会社を設立してそれほど経っていないタイミングで、とある業界の方から「トラッキング調査で良いものができないか」と相談を受け、毎週ごとに興行成績の調査を行うようになったのですが、コストをかけたもののデータは買っていただけなくて。これはなんとか商品にしないといけないと、ある程度データが集積したところで、シミュレーションを加えたり、どのメディアへの露出が効果的だったかを提示したり、改良を加えていきました。結果として、顧客から作品単位での調査の依頼も入るようになり、収益性のあるレポート商品に成長していきました。これ以外にも各種分析サービスを配給・興行、ホームエンタテイメント事業者様に向けて”GEM Standard“というポータルサイトにて提供しています。(GEM Standardリンク ⇒https://gem-standard.com/

ーーそうしたサービスを基に、現在は宣伝のプロデュースも行っていると。

梅津:そうですね、主にデータを基にした全体プランニングとデジタル広告出稿に関するプロデュース業務を行っています。これは先述の元ギャガの星野さんが弊社にジョインしてリードしています。ここ数年、デジタルメディア運営やデジタル広告出稿の増加によって映画会社自身が保持するデータ量も膨大になっています。それらデータから多くの示唆を得られるようになってきていて、「データ分析で映画・映像コンテンツマーケテイングのお手伝い」をする弊社としても、その領域で付加価値を出せるのではないかと考えています。また、宣伝全体のデータを扱っている私たちだからこそ、テレビや予告編などの宣伝と組み合わせたうえで、効果的なデジタル広告出稿も考案できるんです。データが増えたことで各映画会社が意思決定しやすくなったかというと、そう単純でもなく、むしろデータがありすぎて何を指針にしていいかわからなくなってもいるので、そのデータを適切にキュレーションし解読可能な形にして提示していくことが、付加価値になってきているのかなと。

ーーデータ分析の結果が、作品に反映されることはあるのですか?

梅津:企画製作段階で分析調査のご依頼をいただくことは、現状ではそれほど多くはないです。ただ、どんな人が過去にどんな映画を観たのかという情報は、作る側にとっても有用なものだと思うので、そこでお役に立てるのであればどんどんチャレンジしていきたいですね。一方で、データ分析や調査はコストに大きな振れ幅があって、費用対効果がまちまちなんですよ。制作段階で何を調査すべきかは、今後追求されていく分野なのかもしれません。

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