松竹ブロードキャスティングは“作家主義”を貫く 『東京ウィンドオーケストラ』若手監督の才能

松竹ブロードキャスティングの挑戦を読む

 また、本プロジェクトがもうひとつ掲げているのが“新しい俳優の発掘”。前2作と同様にキャストはワークショップを経ての選抜となった。「ワークショップは辛かったというのが本音。これまでワークショップをしたこともないし、そもそも自分が人を選ぶ立場にたっていいのかなと。自分はキャリアが浅いし、まだ学生映画しか作ったことがないわけですから。あと、僕はどちらかというとあまり偶然性を信じられないというか。ひとつのシーンがあったら、芝居を作りこんで作りこんで理想の形にして、虚構を現実に見せるようにしたいタイプ。たとえば素人を起用して、リアリズムやドキュメント的なものを映画に入れ込みたいタイプではない。ですから、芝居を作りこみたいと考えている映画において、極端な話、芝居経験ゼロの人からキャストを選ぶというのは無謀というか(笑)。ちょっとこのワークショップにはじめ戸惑ったんですけど、いざやってみると、じっくりと芝居を見ることができるし、その役者さんを想定したことでその人物や物語全体のアイデアがどんどん膨らんだところもあった。たぶん、僕はこの方式でのキャスティング選出は苦手だと思うんですけど(苦笑)、これはこれでアリだなとは思いますね。そもそも今回の作品の根底にある“素人がプロのふりをする”という着想も、このワークショップから生まれたものですから」

 全体を通しての印象を聞くとこう明かす。「なにせ商業デビュー作ではあるので、ほかと比較することはできないんですけど、自分としてはいい場をいただけたというか。すごく自由にやらせてもらったなと。基本的に僕は、スタッフは最後は敵になりうると思っているんですよ(苦笑)。馴れ合うような関係ではいたくない。無駄に衝突する必要はないですけど、スタッフ全員を敵に回しても、自分の意見を主張するときは主張して通さないといけないときがある。そうしないと自分の理想とするシーンにはならないし、いい作品にはならない。これは学生で映画を作っていたときから、ずっと変わらない。そのスタンスを崩すことなく商業デビュー作に臨めたというのは、振り返ると、幸せなことで。そのときの自分が出せるものをすべて出した作品になったと自信をもっていえます」

 こうして誕生した『東京ウィンドオーケストラ』は、まだまだ粗削りなところはあるものの、映画作家・坂下雄一郎の才能を感じるには十分といっていい。

 たとえば、そのオリジナル脚本は、「東京ウィンドオーケストラ」と「東京ウインドオーケストラ」という、たった一文字のありがちな読み間違い、勘違いが、いつしか大きな騒動に発展していくユニークな喜劇。縄文杉で有名な屋久島に、日本を代表する有名楽団「東京ウィンドオーケストラ」のコンサートが行われることに。ところが実際に島にやってきたのは、1文字違いのアマチュア楽団「東京ウインドオーケストラ」だったことから、思いがけないドラマが進展していくのだが、とにかく坂下監督の人間への視線が鋭い。自分の手違いを揉み消したい主人公の役場職員の樋口と、一流と間違われ慌てふためく楽団メンバーたちが右往左往するさまは、日本社会の縮図を見ているかのよう。今で言ったら、豊洲問題やオリンピック問題といった日本の政治の在り方、日本のトップの在り方が見えてくるような社会風刺のきいたドラマに仕上がる。たとえばロバート・アルトマンといったような権力者を皮肉り笑い飛ばす視点。そんな社会を斜めから見る独自の視点が坂下監督には見て取れる。こういったブラックな視点をもった若い作家は今あまりいないような気がする。

 また、演出力も確かな力量を感じさせる。もっともっとよくなる部分はあると思うが、どちらかというとブラックな笑いを生み出す独特の間合いと映像のテンポは、坂下監督の巧みな演出を裏付けるもの。10人という大所帯の楽団メンバーを単なる紹介に終わらせず、それぞれ個性ある人物として色分けして、受け手に把握させることもさりげなくさらりとやってのけているところがすばらしい。

 さらなる領域に入ったと思われる松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画制作プロジェクトの試みと、待望の商業デビューを果たした坂下監督の才能。どちらも今後、どんな作品を生み出してくれるのか注視しながら見守りたい。

(文=水上賢治)

■公開情報
『東京ウィンドオーケストラ』
新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
監督・脚本:坂下雄一郎
キャスト:中西美帆、小市慢太郎、ほか
製作:松竹ブロードキャスティング
配給:松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
宣伝:アーク・フィルムズ/デジタル SKIP ステーション/堀切健太
制作プロダクション:ドラゴンフライエンタテインメント
©松竹ブロードキャスティング

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