日本のアニメーションはキャズムを越え始めた 『君の名は。』『この世界の片隅に』から考察

日本のアニメーションに今後求められるのは?

ヒット映画に対する「大衆か芸術か」論争

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 『君の名は。』の基になっているといえる、『君の名は』(1953)は、橋の上で出会った男女が、戦火に巻き込まれ、お互いの行方を捜そうとする、主演の岸惠子がストールを肩から頭にかけて巻いたファッション「真知子巻き」もブームになったくらいヒットした「すれ違い恋愛物語」だ。さらにこれは、太平洋戦争の前に撮られた『愛染かつら』(1938)が原型としてある。

 『君の名は』や『愛染かつら』は、大ヒットを記録したにも関わらず、もちろん「キネマ旬報ベスト・テン」ランク外である。『愛染かつら』に至っては、ある評論家は「催涙映画」だとして、激烈に批判した。このような批判に対し、当時の映画会社経営者は、「映画は常に大衆の物」であるとし、大衆と批評家の乖離について反論を展開した。こういった論争が、1930年代から白熱していたというのは面白い。

 いずれにせよ、『君の名は。』が、過去の作品を参考に大衆的なヒット作を目指していたことは間違いないはずだ。それがあらゆる面で徹底されていると思えるのは、普遍的な意味での「癒し」が提供されているという点だろう。いまの恋人や、将来出会うだろうパートナーは、何かロマンティックで神話的なつながりがあるんじゃないかという、ここで提示されているスピリチュアルな世界観というのは、「自分はこれでいいんだ」と観客たちに思わせる、「現状の追認」の意味が付与されているはずだ。作中での災害を回避しようとする取り組みなどを含めると『君の名は』や『愛染かつら』よりも、過激なまでに「観客の見たいものを見せる」作品だといえるかもしれない。

 近年のアニメ作品において、この感覚に近かったのが、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』である。だが、作中で「都合のいい奴」というセリフによってエクスキューズされるように、その後の展開では、続編によって、現実から遊離しすぎてしまった描写については負債の清算をさせられることになった。「エヴァンゲリオン」という作品は、このように前進、後退を繰り返しながら、それでも少しずつ前に進もうとする物語である。たとえ、元にいた場所よりも後ろに下がっていたとしても、それでも前に進もうとする意志を、観客を不快にさせてまで見せようとする。そして、そこにこそ娯楽を超えた文学性が宿るということになる。『君の名は。』に物足りなさを感じる観客がいるなら、そのような点の欠如においてではないだろうか。そして『君の名は。』は、そういったことを十分に認識した上で、あえて作られているということも確かである。

日本のアニメーションに今後求められていくもの

 ビジネス用語では「キャズム(谷)を乗り越える」とも表現されるが、映画ファンやアニメファンなどの固定的な観客の枠を超えて、一般的な観客に認知されだすと、とんでもないビッグヒットを生み出す可能性を得るということが、今回の二つの作品によって、あらためて印象づけられたといえる。とくに『君の名は。』が世界的に達成した快挙は、後進の可能性を大きく切り拓いたという意味で、偉業であるだろう。この状況下において、日本のアニメーションに今後求められていくものというのは何なのだろうか。

 それは、「日本的文脈」を継承しながらも、題材や絵柄の点で、またはよりグローバルな価値観と結びつくことで、それを乗り越える部分を持って、マニアックで閉じられた従来の雰囲気を開放させるということである。そして、ヒットした作品の要素を安易に拾うだけでなく、日本のアニメーションがもともと培ってきた、文学的だったり哲学的だったりする深い内容を、その上にできるだけ自然なかたちで乗せていくという努力だろう。

 幸いなことに、今後の日本の劇場アニメーションは、それら条件をクリアーし、キャズムを越える期待を感じさせるようなラインナップが並んでいる。「東のエデン」や「精霊の守り人」で確かな演出力を発揮した神山健治監督による『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』。 トランス的な浮遊感が魅力の『マインド・ゲーム』湯浅政明監督による、『夜は短し歩けよ乙女』と『夜明け告げるルーのうた』。岩井俊二の実写作品「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のアニメ映画化企画。そして、「魔法少女☆まどかマギカ」の虚淵玄が脚本を手掛ける、アニメ版『GODZILLA』などなど…。

 アニメ放送が深夜帯に流れていくなどして、一般的な観客にとっては、スタジオジブリ作品以外はマニアックなイメージが付きまとい、海外でもカルト的な評価が多かった日本のアニメーションの状況だが、いま、ビッグヒットによって、かつてのように普遍的な位置へと復権していく雰囲気が醸成されてきているように感じられる。この追い風の中で、評論家と大衆の乖離を埋めるような、幸せな作品が次々に生まれることを願っている。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『この世界の片隅に』
公開中
出演:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、澁谷天外
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画:丸山正雄
監督補・画面構成:浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎
製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル
(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
公式サイト:konosekai.jp

『君の名は。』
全国東宝系にて公開中
声の出演:神木隆之介、上白石萌音、成田凌、悠木碧、島崎信長、石川界人、谷花音、長澤まさみ、市原悦子
監督・脚本:新海誠
作画監督:安藤雅司
キャラクターデザイン:田中将賀
音楽:RADWIMPS
(c)2016「君の名は。」製作委員会
公式サイト:http://www.kiminona.com/

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