注目すべき“80年代生まれ”の監督たちーー映画作りの中心を担う層が変化した2016年の日本映画界

注目すべき“80年代生まれ”の監督たち

 彼の新作『アズミ・ハルコは行方不明』のどこに瞠目すべきか。それは人の心の名状しがたいありさまを、映像と音楽と、もちろんストーリーとによって、感覚的に表現しているところだろう。地方都市の零細な会社で働く安曇春子は、恋愛にも仕事にも自分の居場所を見出すことができず、ある日ふと姿を消してしまう。そして彼女の失踪が触発したかのように、その肖像をほうぼうに描きちらすグラフィティアート集団や男たちを襲う女子高生ギャング団が、同時多発的にあらわれる。

 柱になっているのは主人公、安曇春子の物語だ。でも彼女の変化や成長を描きだすために細部が機能しているわけではない。特に撮影後、時系列をバラバラにしてつなぎ直したという編集によって、彼女の物語としての求心力は希薄になっている。そのかわりこの映画の遠心力は、中心から外側に向けて、つまり彼女からその周辺に向けて、さまざまな感情や空気を広げていく。地方都市の閉塞感、周囲への失望感、思いが届かぬ孤独感。そしてアニメーションやプロジェクションマッピングを駆使した映像と、環ROYの手によるエレクトロ風のサウンドトラックが、それらを一気に引っくりかえす。妙なる疾走感、解放感、陶酔感へと。

 もともとは漫画家になりたかった。大学在学中にはじめた演劇が彼の創作活動の起点になった。12年、『アフロ田中』で長編映画監督デビューしたとき、松居大悟は26歳。当初は童貞男子のもやもやを等身大の視点で描くことに特色を発揮していたが、15年の『ワンダフルワールドエンド』以降、彼はいまを生きる女性たちの姿にまなざしを向けはじめた。『アズミ・ハルコは行方不明』も、とりわけ山内マリコによる原作は、女性の視点で現代女性の感性を切りとった女性小説の趣きが強い。「女性の気持ちはわからない」と彼は言う。だからこそ女性スタッフや女性キャストとコミュニケーションを図り、その意見を取りいれて、「登場人物たちをより生き生きと動かすことができた」。彼はそう考えている。なにより「わからない」ものをへたに整理したり、解釈したりすることなく、感覚的な映像表現へダイレクトに昇華させたことがこの作品の美点だ。結果として『アズミ・ハルコは行方不明』は登場人物の刹那的な青春を体感する映画になった。

 近年、公開作のあった85年~89年生まれの監督たちをほかにも挙げると、ざっとこうなる。

■1985年~1989年生まれ
松居大悟 85年生まれ
草野なつか(『螺旋銀河』) 85年生まれ
小路紘史(『ケンとカズ』) 86年生まれ
安川有果(『Dressing Up』) 86年生まれ
渡辺亮平(『かしこい狗は、吠えずに笑う』) 87年生まれ
加藤綾佳(『おんなのこきらい』) 88年生まれ
山戸結希(『溺れるナイフ』) 89年生まれ

 この世代の中心的な存在となっている山戸結希は、今秋『溺れるナイフ』で全国区デビューを果たした。彼女の映画もまた、叙情的な映像や音楽、流麗な言語表現や身体表現との分かちがたい結びつきによって、映画の文脈を跳び越えた新たな表現へと突き進んでいる。

 そして初長編作『いたくても いたくても』が公開される88年生まれの堀江貴大は、また別のやり方で他にない新しい映画を生みだそうとした。舞台となるのは経営が傾いた通販会社。起死回生の一手として社長が編みだしたのは、商品紹介とプロレスを融合した新番組だった。主人公のAD星野は番組の人気司会者とプロレスで熱戦を展開する一方、ある女性の存在をめぐって、恋の熾烈な駆け引きもくり広げていく。プロレスと恋愛をアクロバティックなかたちで接続しながら、ふたつの異なる味が衝突する違和感はここにない。むしろヨーグルトに福神漬けを入れたら「ん? 美味しい!」みたいな、奇妙な調和すらもたらされているのが不思議だ。単に突飛なだけなら観る人は突きはなされる。でも予想外なものとして受けとめられれば、それは観る人を驚かせ、引きつける強力な武器になる。きわどいライン際の勝負は「イン」。新食感の映画ができあがった。

20161130-itakutemo-main.jpg
『いたくても いたくても』

■門間雄介
編集者/ライター。「BRUTUS」「CREA」「DIME」「ELLE」「Harper's BAZAAR」「POPEYE」などに執筆。
編集・構成を行った「伊坂幸太郎×山下敦弘 実験4号」「星野源 雑談集1」「二階堂ふみ アダルト 上」が発売中。Twitter

■公開情報
『アズミ・ハルコは行方不明』
12月3日(土)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
出演:蒼井優、高畑充希、太賀、葉山奨之、石崎ひゅーい、菊池亜希子、山田真歩、落合モトキ、芹那、花影香音、柳憂怜、国広富之、加瀬亮
監督:松居大悟
脚本:瀬戸山美咲
原作:「アズミ・ハルコは行方不明」山内マリコ(幻冬舎文庫)
配給:ファントム・フィルム
(c)2016「アズミ・ハルコは行方不明」製作委員会
公式サイト:azumiharuko.com

『いたくても いたくても』
12月3日(土)渋谷ユーロスペースにてレイトショー
出演:嶺豪一、澁谷麻美、吉家翔琉、坂田聡、大沼百合子、芹澤興人、Jean、礒部泰宏、岩井堂聖子、川合空、中村圭太郎
監督・脚本:堀江貴大
脚本:木村孔太郎
配給:トラヴィス
(c)東京藝術大学大学院映像研究科
公式サイト:www.itakutemo.com

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる