『この世界の片隅に』は奇跡的な作品だ 東京テアトル・沢村敏が“単館系の使命”語る

東京テアトル番組編成・沢村敏インタビュー
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 スペースシャワーTVの高根順次プロデューサーによるインタビュー連載「映画業界のキーマン直撃!!」第8回には、株式会社東京テアトルで番組編成を務める沢村敏氏が登場。いわゆる“単館系”の代表的な劇場であるテアトル新宿では、これまで『そこのみにて光輝く』『恋人たち』『百円の恋』など良質の日本映画を上映してきた。11月12日には、こうの史代の漫画を原作に、片渕須直監督が6年の制作期間を経て完成させたアニメ『この世界の片隅に』の上映も控えている。女優・のんにとって本格的な復帰作となることでも話題の本作は、すでに高い前評判を集めており、テアトル新宿にもますます注目が集まっている状況だ。独自のカラーを持った劇場として熱心な映画ファンから厚い信頼を得るテアトル新宿は、映画をめぐる状況が大きく変化するいま、どんなビジョンを抱いているのか。作品を選定する際のポイントから単館系映画館の未来についてまで、大いに語ってもらった。

人の心をグラグラ揺さぶる作品を

−−新作映画のチラシや情報をもらった時、なんとなく「テアトル新宿っぽいよね」と思う作品があります。それを言語化するのが難しいんですが、テアトル新宿でかける作品を選ぶ際の何か基準のようなものがあるのでしょうか。

沢村敏(以下、沢村):実は僕らの中では明確に言語化されているんですが、ネタバレになってしまうので公表しておりません、なんて(笑)。端的に言うと、「人の心をグラグラ揺さぶる作品」という表現になるでしょうか。おそらく、皆さんが思うテアトル新宿でかかる作品のイメージに、エロや暴力の要素が含まれているものが多いというのがあるかと思います。そういった要素がある作品を選ぶのは、シネコンでは上映しにくい作品のため差別化を図りやすいことも理由のひとつではありますが、それ以上に、往々にして作家や演者の覚悟がつまった熱い作品になっていることが多いからです。自ずと、作り手たちも上映活動にも携わってくれる。その覚悟が人の心を揺さぶっていく。そこから生まれてくる空気感、ニオイのようなものが、テアトルらしさにつながっているんだと思います。

−−作り手の方たちからしてもテアトル新宿でやりたいという方は多いですよね。

沢村:有り難いことに非常に沢山のオファーをいただきます。でも、来たものを受け取っていくだけでは劇場のカラーは作れません。これは故・若松孝二監督から散々言われたことなんですが、ミニシアターこそ作品を選べと。作品がなければ僕らの仕事は成り立たないので、おこがましいことではあるんですが、選別は必ずしなければならない。そこは、お付き合いとか、慣例的なものではなく、本当に面白いと思える作品やこの人の作品だったら懸けてみたいと思えるものを大事にするようにしています。

−−沢村さん自身の心を揺さぶる作品なのか、それともそれが観客の心なのか。観客といってもどの層をターゲットにするのか。非常に難しい問題ですよね。

沢村:基本的にはお客様だと思っています。自分の意見を全面に出すのは社会人として問題があると思いますし、限界があります。なので、若いスタッフや劇場アルバイトスタッフの意見も参考にしながら反映させているつもりではあるんですが……やっぱり最後は自分の心を揺さぶるものを大事にしたいというのはあると思います。

−−僕がプロデュースした『私たちのハァハァ』をテアトル新宿で上映していただいた時に感じたのですが、劇場のスタッフみんなから「映画が好きなんだろうな」という雰囲気が伝わってくるんです。僕がスタッフの一人に「テアトル新宿はいつもいい映画がかかってますね」と話しかけたら、「いやいや、個人的にはどうかと思うものもありますよ。」とか遠慮なく意見も言ってくれて。それを言える環境っていいなあと。

沢村:映画好きなお客様を、一番身近で感じているのは現場のスタッフなんですよね。ビジネス的な面や、劇場のカラー作りというのは編成の方でやっていかなければいけないことですが、編成が頭で考えている情報と、現場でお客さんの意見を肌で感じているスタッフの間には意見のズレがあるわけです。そこを埋める作業はいつも行うようにしています。単館系ですから。

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『オーバー・フェンス』9月にテアトル新宿で公開された (c)2016「オーバー・フェンス」製作委員会

−−多分、映画業界を目指す若者の中に、自分もテアトル新宿の編成をしたいという人はたくさんいると思います。

沢村:そうなってくれたら嬉しく思います。映画が当たる、当たらない、その分析をして当てる確立を上げる検証は必要ですが、確実なものは多分ありません。そうなると情報を掴むセンスや、勘、映画興行の流れをいかに読むかという数字で表すことが難しいものが重要になってきます。歳を取れば、若い作家との感覚もずれてくるときが来るとは思っているので、それができなくなったら編成を辞めるべきだと思っています。

上映する作品を決めるのは一年以上前

−−ちなみに、年間何本くらいの映画を見ているんですか。

沢村:仕事の時間も含めて毎年250本弱ぐらい、そこに自主系映画80本程度を加え全部で300本ちょっとくらいですかね。あとは脚本も相当数読んでいます。基本的には、一年先の番組を決める状況なので完成された作品を見て決めるということはほとんどありません。企画書だけの時もありますし、その時点でキャスティングが決まっていない作品も多々あります。

−−例えば、9月に公開された『オーバー・フェンス』も企画書などの段階で上映を決めていたんですか。

沢村:『オーバー・フェンス』に関しては、弊社配給で70周年記念作品なので、スタッフの座組みが出たかなり早い段階で決めていました。もちろん、佐藤泰志3部作の最後ということで、前作『そこのみにて光輝く』を上映した以上、この作品もうちで、テアトル新宿でやらなきゃいけないと考えていた作品ですね。例えば、橋口亮輔監督の『恋人たち』は、最初にお話をいただいてから2年間作品を待ちました。今年の11月に公開される『この世界の片隅に』は作品の完成まで6年間かかっています。なかなかビジネススキームでは切れないようなスパンで完成された作品を、タイミングを見定めながら一年間のスケジュールにはめ込んでいかなければいけません。テアトル新宿は1館1スクリーンでやっている以上、そういう奇跡的な作品を組んでいくしかないんです。そう言う作品に魅力がある事が多い。まさに単館系です。

−−『この世界の片隅に』は、アニメ豊作年の今年の中でも、個人的に一番素晴らしい作品だと感じました。

沢村:監督自身、単なる「戦争もの」をやるつもりはなくて、戦争中であっても、恋もすれば鼻歌も歌う。あの時代に生きていた人々の日常を描きたかったんです。その時代なりに幸せに生きようとした人々の姿です。特に声高に反戦を謳っているわけではありません。でも、戦争が一瞬にして人の生き方を変えてしまう怖さ、実はそれがすごく出ている作品です。一見、画の感じでほわっとしたものに見られますが、そんな映画じゃない。ぐっさり刺してくる。テアトル新宿では、アニメ作品でも、日本人の監督で日本人のお客様、もしくは世界を相手にしているということで、紛れもない「日本映画」と捉えています。そういう意味ではアニメ、実写という分け方はしていなくて、人の心を動かすというテアトル新宿の番組編成の方針とも合致した作品でした。自信作になっているので是非、多くの人に見て頂きたいです。

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『この世界の片隅に』11月12日より、テアトル新宿ほか公開

−−6年前に製作が始まった作品を、完成のタイミングを見計らって組み込むというのがすごいです。

沢村:片渕監督は原作の舞台である広島に6年間も通って、膨大な資料集めやヒヤリングなどを行っています。原作者・こうの史代さんへのリスペクトが強くてやっていることだと思いますけど、時代考証をここまでやって映画化した方はいなかったんじゃないでしょうか。最終的に画として使う使わないは別に、その姿勢は確実に画面の中に表れていると思います。のんさんが主人公の声優を務めてくれたことも大きかったです。監督やプロデューサー、いろんな繋がりが奇跡的に重なり完成された作品です。

−−それでも、どんなにいい作品でも当たる当たらないは始まってみないと分からないのが映画の難しいところですよね。

沢村:そうですね。1本1本が勝負ということもあるので、企画からご一緒させていただく場合はもちろん、出資配給の場合やそうではない場合でも、プロデューサーや宣伝担当者と情報を共有して一緒にやっていくというのは心がけています。単館系ですから。

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