モルモット吉田の『何者』評:演劇出身監督は“SNS”をどう映画に活用したか?

モルモット吉田の『何者』評

演劇出身監督は日本映画を変えるか

 ところで、『何者』のB面とも言うべき作品がある。朝井リョウがアナザーストーリーとして執筆した『何様』(新潮社)のことではない。現在公開されている映画『過激派オペラ』だ。もちろん公式には何の関係もない。あえて共通項を挙げれば、共に演劇畑の演出家が監督した映画ということだけだが、『何者』が就職する側を描いたものなら、こちらは言わば烏丸ギンジ側、つまり演劇を選んだ側の劇団内の狭い世界が息苦しいまでの熱量で描かれる。もっとも本作で描かれるのは監督の江本純子が書いた自伝的小説『股間』を原作にしたほぼ女たちだけの物語だ。主人公の女性演出家がオーディションにやってきた女優と舞台の外でも愛を深め、やがて同棲する。舞台稽古から公演の過程とその裏での性交を激しく描き、劇団内での愛憎、嫉妬がむき出しになる。ここで描かれていることはSNSというツールを使っていないということと、性が表に出てこないだけで、本質的には『何者』と大差はない。

 それにしても『過激派オペラ』の出演者たちの熱演ぶりは素晴らしい。それも江本の芝居に慣れた小劇団系俳優ではなく、舞台経験がある者や、一部で実力が知られた者もいるが、多くはオーディションで選ばれた映像系の仕事が主だった未知数の女優たちである。これが驚くほどの豹変を見せる。殊に主演の早織と中村有沙の全身女優ぶりは、激しい性描写に怯むことなく挑み、映画が進むにつれて彼女たちの存在感がどんどん大きくなるのを実感させる。演劇出身監督の場合、撮影前の稽古に時間を取ることが多いが、本作では6日間の稽古期間を設けて撮影に入ったという。

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『過激派オペラ』(c)2016キングレコード

 時間こそ短いが、『何者』でも同様の手順が取られたという。稽古を主体に演技を練り上げていくスタイルによって、俳優たちから新たな一面を引き出したことは、出演作が多い菅田将暉、二階堂ふみがいつもと違った演技を見せているところからも明らかだろう。個人的に驚いたのは佐藤健と岡田将生だ。申し訳ないが、タイプキャスト以外の役では見ていられないといつも思っていた。ところが今回は彼らが揃ってベスト・アクトと言うべき名演を見せている。嫉妬と不快感を胸に秘めた佐藤もいいが、岡田が最後に登場するカットでそれまで掛けていたメガネを外し、屈託なく振る舞う姿に宮本隆良というキャタクターの表裏を1カットの芝居の中に凝縮して見せたのがいい。

 映画監督には細かく演技指導するタイプもいれば、自由に演じさせてテイクを重ねてからジャッジするタイプもいる。一概にどの演出スタイルが良いというわけではない。2000年代に4本の映画を撮った劇作家で演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチは、日本の映画監督は演技について演出していないと発言したことがあった。実際、演技は俳優にお任せという監督もいる。したがって、経験が少なく演技パターンの少ない若手俳優の中には、いつも同じような役を同じような芝居で演じる人もいる。その意味では演劇畑の演出家の映画への進出は、俳優の潜在力を引き出すためにも、今後いっそう求められるのではないか。

 最近では『愛を語れば変態ですか』(15年)、『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』(16年)、『葛城事件』(16年)、『ふきげんな過去』(16年)などが演劇出身監督によるものだ。役者たちの演技や人物の動きなどは流石に舞台演出で鍛えただけのことはあると思わせるが、ではこれらが映画としても上出来かと言えば、そう手放しに絶賛もできない。映画の世界観と演技をガッチリ作り上げているわりに、そこに依存しすぎて外枠ばかりが強固になっているが、その内側は手隙に思える作品が多い。これはSNSと役者たちの演技の充実に終始した『何者』も同様である。

 もっとも、こうした演劇/映画という線引き自体、時代遅れだろう。舞台の演出家が映画監督をやることが珍しくないように、青山真治、深作健太をはじめ舞台演出を手がける映画監督は多い。『淵に立つ』(16年)を監督した深田晃司の様に、映画の専門校を出て、劇団青年座に演出部として入った経歴を持つ監督もおり、ボーダーレス化は進んでいる。実際、『淵に立つ』は演劇的要素と映画が拮抗し合う瞬間に満ちている。

 『何者』が映画監督3作目となる三浦大輔の前作は自作戯曲を映画化した『愛の渦』(14年)だったが、舞台劇を映画に正攻法で移植することに徹していたのが堅苦しかった。外のシーンを入れたり、美術や撮影で映画向きにしようとすればするほど、舞台にあった自由が消えていた。その意味で『何者』は、小説を演劇的に映画にしたことで自由を手にしつつある。作を追うごとに映画×演劇の融和が進む三浦映画は、次回作でいよいよ他の何者でもない演劇を内包した映画が生まれるのではないだろうか。

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿。

■公開情報
『何者』
全国公開中
原作:朝井リョウ(『何者』新潮文庫刊)
監督・脚本:三浦大輔
音楽:中田ヤスタカ 主題歌:「NANIMONO(feat.米津玄師)」中田ヤスタカ(ワーナーミュージック・ジャパン)
企画・プロデュース:川村元気
出演:佐藤健、有村架純、二階堂ふみ、菅田将暉、岡田将生、山田孝之
(c)2016映画「何者」製作委員会 (c)2012 朝井リョウ/新潮社
公式サイト:nanimono-movie.com

■公開情報
『過激派オペラ』
全国順次公開中
出演:早織、中村有沙、桜井ユキ、森田涼花、佐久間麻由、後藤ユウミ、石橋穂乃香、今中菜津美、趣里、増田有華、遠藤留奈、範田紗々、宮下今日子、梨木智香、岩瀬亮、平野鈴、大駱駝艦、安藤玉恵、高田聖子
監督:江本純子
原作:『股間』江本純子(リトルモア刊)
脚本:吉川菜美、江本純子
製作:キングレコード、ステューディオスリー
配給:日本出版販売
ビスタ/デジタル/90分/5.1ch/R15+
(c)2016キングレコード
公式サイト:www.kagekihaopera.com

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