映画館は作品の魅力をどう“宣伝”する? 立川シネマシティによる『この世界の片隅に』戦略

映画館はどう作品を“宣伝”していくか

 僕は『夕凪の街 桜の国』からのこうのさんのファンで、今作には強い思い入れがあります。ですが、想うだけではいくら強く想っても、たくさんの人に伝えることはできません。ではこの作品を観てもらうために、何ができるか?

 先ほど挙げたエンタテイメントの原則、泣き笑い、知識や情報、愛、を網羅することが、人の心を動かします。それらを組み立てる前に、事前準備として、まずはターゲットを明確にすること。あまり広範囲にすると濃度が薄まるので、僕は今回、“すでにこうの史代作品を知っている人”に絞りました。年代や性別は問わずです。

 ここから企画自体を組み立てていくのですが、今回はテーマを“宣伝”に限っていますので、この過程は割愛。 具体的に行うことは、音響家に依頼して音響調整を行うこと。試写会を開催すること。それ以外に公開直前か直後にもうひとつ隠し玉企画を出せたらいいな、ということが決定。

 さて、これをどう知らせるかが勝負です。ですが、あまり凝ったり、気取ったことをするのはこの作品に向いていません。素直な気持ちを記すのが一番良いと考えました。

 素直な気持ち。だからメインのキャッチコピーは「どうしても、観てほしい映画があります」。これ以上シンプルなものはないというくらいシンプルなメッセージです。これを補完するのに「だからこそ、シネマシティができることを、尽くさなくては」という一文。これも素直な気持ちです。そしてこれは同時に企画の概要でもあり、愛の具体的な証明でもあります。

 シンプルですのでテクニカルなことはほとんどしていませんが、ひとつだけ。 先に“ターゲットはこうの作品を知っている人”と書きましたが、そのため、実はこの文章、なぜ“どうしても、観てほしい”のか、あえてその理由を述べていません。通常の作文法としては、これでは失格です。思いだけが先行していて、説得力がないからです。ですが、そもそも広い層に訴えようとしなければ、つまり、こうの作品を読んでいるという共通基盤を持っている方だけに伝えるのなら、その理由を詳細に記すことは、むしろ限定してしまうことにつながります。だから劇場としては“姿勢”を示すにとどめました。

 多くの方に観てほしい、という気持ちはファンに共通しているでしょうが、その理由は様々でしょう。だからあえて書かないことで、それぞれの心に、それぞれの想いが浮かぶようにしたのです。そうすれば、その方ならではの言葉で、その方の家族や知人に、情報を拡散してくださいます。個々人の胸に届く、それよりも強い訴求力のある“言葉”は存在しないと考えるからです。

 そして仕上げに“情報と知識”を盛り込むことです。これもエンタメの基本のひとつ。新しい情報や知識を得ることは喜びであり、人に話したくなります。そこで用意したのが、同じ極上音響上映でも、いつも上映しているところとは違う劇場にある、デジタルのシステムにアナログの機器をはさむことでデジタル臭さを中和するサウンドシステムを利用しての上映です。作品の手描き感ともぴったりマッチします。このサウンドシステムはまだあまり広く知られていないので、シネマシティによくご来館いただいている方にも、新しい情報/知識として受け取っていただけ、以上でエンタテイメントが完成です。最初に絞ったターゲットをここで少し拡充することも意図しています。

 これは、作品と企画内容と告知方法を、非常にうまくかみ合わせることができた例です。もちろん配給会社様の協力なしにできることでもありません。ここまで高められれば、宣伝を“ニュース”にできます。なかなかすべての宣伝や告知をこのレベルにまで持って行くことは難しいですが、小さな情報の告知であっても、できる限りその作品のファンの方に喜んでいただけるように力を尽くします。それが拡散していただくために行っていることです。

 情報を、単なる情報としてではなくエンタテイメントに仕上げて提示する。ただ広く知られることだけを目的とするのではなく、そのことで映画館がお客様をエンタテイメントできる時間を拡張することが真の目的です。上映している間だけから、観る前、観た後まで、楽しんでいただく。

 まだまだ足りていませんが、アイディアならあります。You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)

(文=遠山武志)

■立川シネマシティ
映画館らしくない遊び心のある空間を目指し、最高のクリエイターが集結し完成させた映画館。音響・音質にこだわっており、「極上音響上映」「極上爆音上映」は多くの映画ファンの支持を得ている。

『シネマ・ワン』
住所:東京都立川市曙町2ー8ー5
JR立川駅より徒歩5分、多摩モノレール立川北駅より徒歩3分
『シネマ・ツー』
住所:東京都立川市曙町2ー42ー26
JR立川駅より徒歩6分、多摩モノレール立川北駅より徒歩2分
公式サイト:https://cinemacity.co.jp/

メイン写真:『シン・ゴジラ』(c)2016 TOHO CO.,LTD.

■公開情報
『この世界の片隅に』
11月12日(土)テアトル新宿、ユーロスペースほか全国ロードショー
出演:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、澁谷天外
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画:丸山正雄
監督補・画面構成:浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎
製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル
(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
公式サイト:konosekai.jp

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