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『X-MEN』最新作は過去作と何が違う? “家族愛”と“恋愛”が強調された娯楽大作に

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  『X-MEN』シリーズを手がけてきたブライアン・シンガー監督から、独自のビジュアルセンスで注目を浴びるイギリスの新鋭マシュー・ボーン監督にバトンタッチされた『X-MEN ファースト・ジェネレーション』。同作は、X-MENのメンバーの若かりし頃の姿を描き、熱狂的なアメコミ・ファンだけでなく、辛口の批評家陣からも絶賛された。プロフェッサーXことチャールズ・エグザビエ(ジェームズ・マカヴォイ)が、人類から迫害を受けてきた若きミュータント達をどのようにして集めたのか、X-MEN結成の物語を描くプリクエル・トリロジー(エピソードIからIIIまでの3部作)。その最終作となる『X-MEN アポカリプス』では、第一作から監督とプロデュースを務めてきたブライアン・シンガーが再びメガホンを握り、ここに三部作が完結した。しかし、本作から感じるメッセージ性には、シリーズの過去作と比べて、大きな変化があると感じられた。

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 『X-MEN』シリーズに共通するテーマの一つが、“人種差別”という重いテーマである。単なるアメコミ・アクション映画とは一線を画す、深いドラマ性が作品の根底に流れている。その能力や容姿によって人類から迫害を受け続けてきたミュータントたちと、権力によって異端を除去しようとする政府との闘いを描いてきたのが、『X-MEN』から始まる旧三部作だった。

 この人類対ミュータントの構図は、第二次大戦下でのナチスによるホロコーストを意識している事は明らかだ。チャールズの親友にして敵となってしまう主要キャラクターの一人であるマグニートーことエリック・レーンシャー(マイケル・ファスベンダー)に、アウシュビッツ収容所の被害者という哀しい過去を背負わせているのもその一端だ。旧三部作に於いて完全に悪役として登場してきたマグニートーの、人類に対する憎悪はホロコーストが産みだしてしまった結果なのだ。

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 対立関係にあるマグニートーとプロフェッサーXの関係は、ウルヴァリンを中心とした旧三部作のキャラクターとプリクエルのキャラクターを共演させ、未来と過去をつなぎあわせた前作『X-MEN フューチャー&パスト』で和解したかのように見えた。しかし、今作でマグニートーは不幸な事件をきっかけに、またしても悪の道へと引きずり込まれてしまう。

 彼を悪の道へと誘うのが、紀元前3600年から転生を繰り返し、人類最初のミュータントとして君臨するアポカリプス(オスカー・アイザック)だ。前作のエンドクレジット後に、ほんの少しだけ登場していた謎のキャラクター・アポカリプスが、ピラミッドの瓦礫の下から覚醒し、堕落した人類を淘汰し、再構築を計ろうとする。そんな大胆不敵な“神”に立ち向かうのがX-MENのメンバーだが、マグニートーはアポカリプスの“黙示録の四騎士”のメンバーに加わり、X-MENと戦うことになってしまう。

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 旧三部作では、マグニートー側について人類と戦っていたミスティーク(ジェニファー・ローレンス)が、アポカリプスの魔の手によって能力を奪われてしまうプロフェッサーXに代わり、若きミュータントたちを導いていくのが、本作の見どころのひとつ。全身を青い鱗に覆われて、幼いころから迫害を受けてきた彼女が、人類を救うために奮闘する姿、そしてなぜ彼女がそこまで身を挺し、自らを迫害し続けてきた人類を救うために戦い続けることができるのか? それはまぎれもなく“愛”の力のなす業だ。

      

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