黒沢清監督が仕掛ける“違和感”の意味ーー『クリーピー 偽りの隣人』の演出を読む

『クリーピー』が放つ“違和感”とは

 香川照之演じる隣人の家の中に登場人物が踏み込んでいくシーンを思い出して欲しい。玄関と家の奥は、笑ってしまうくらいに、どう見ても全く別の場所である。観客が、それを同じ家の中だとかろうじて認識するというのは、同じ役者が演技する別々の映像をカットでつないで、便宜的に「そう見せて」いるからに過ぎない。つまりここでも、互いのシーンは露骨に切り離されたものになっているのである。そこで展開するのは、妻を救おうとする男と異常者の、拳銃を使ったサスペンスシーンである。だがこれは、いったん物語の文脈から切り離して見ると、奇妙なコメディであり、フィルム・ノワールのオマージュでもあり、またヌーヴェルヴァーグ風の、男・女・男の三角関係を形成する恋愛模様にも見えてくる。

20160511-creepy-sub5.png

 

 そういった意味において、本作は既存の「捜査もの」や「サイコ・サスペンス」などのジャンル映画のように、手垢がついた決まりきった脚本を決まりきった演出で撮ることで、映像そのものが退屈なものに堕してしまっているような多くの作品とは、全く異質だということが分かるだろう。前述した、学生たちが集まる異様な光景というのは、ここではただの背景を超えた力を獲得する。映像が映像そのものとしての価値を持ち際立っているのだ。その魅力に気づき楽しむということが、黒沢清作品を観る醍醐味である。本作『クリーピー 偽りの隣人』はそれを如実に味わえるという点で、多くの人に触れて欲しい映画だ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『クリーピー 偽りの隣人』
公開中
出演:西島秀俊、竹内結子、川口春奈、東出昌大、香川照之ほか
監督:黒沢清
原作:「クリーピー」前川裕(光文社文庫刊)
脚本:黒沢清、池田千尋
音楽:羽深由理
製作:「クリーピー」製作委員会
制作:松竹撮影所
配給:松竹、アスミック・エース
(c)2016「クリーピー」製作委員会
公式サイト:creepy-movie.com

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる