エリザベス女王は“お忍びの外出”でなにを見た? 『ロイヤル・ナイト』の史実とフィクション

『ロイヤル・ナイト』の魅力を考察

 エリザベス女王は今年の4月に御歳90を迎えた。すでに在位期間としては64年を誇り、これはヴィクトリア女王の63年を超えて歴代最長。エリザベス1世やヴィクトリアしかり、英国では女性が君主となる時代に大いなる文化的発展を遂げると言われるが、それはエリザベス2世においてもしっかりと受け継がれている部分だろう。

 そんなエリザベス女王が登場する映画も多い。女優ヘレン・ミレンにオスカーをもたらした『クイーン』や、アカデミー賞作品賞を受賞した『英国王のスピーチ』しかり。また、『ミニオンズ』ではアニメとなった女王が登場したし、他にも『オースティン・パワーズ』や『ジョニー・イングリッシュ』など「よく怒られないなあ〜」と感心してしまうようなコメディ作品にも度々登場。

 そして『ロイヤル・ナイト』はその最新作として掲げるべき一作となった。まだ未成年のエリザベスが奔走する実に躍動感に満ちた内容となっていて、大人の階段を昇る彼女の成長物語としても見応えたっぷりだ。

戦争が終結した、そのたった一日を描く

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 時は1945年。第二次大戦においてナチス・ドイツが降伏文書に調印した5月8日、ヨーロッパ戦線が正式に終わりを告げた。

 全土で皆が祝福ムードに沸く中、とりわけロンドンでは100万人以上とも言われる市民が外に出て、もうドイツ軍の空襲に悩まされることのなくなった日々を神に感謝し、歓喜の声を上げた。パレードや式典が予定されていたわけでもなく、人々はただ自発的に街へ出た。そして戦時中、ずっとバッキンガム宮殿にとどまり国民とともにあり続けた国王がバルコニーに登場するのを一目見ようと、バッキンガム宮殿に詰めかけた。その混雑ぶりは凄まじく、宮殿からトラファルガー広場までの道がギッシリと人で埋まるほどだったと言われる。

 そんな中、宮殿前に押し寄せる人々の波を見ながらエリザベスと妹マーガレットは「この様子を外から眺めてみたい」と思った。真面目なエリザベスは理路整然とこの記念すべき瞬間にお忍びで外出する意義について「お父様のラジオ演説がどのように国民に受け止められるのか、生の反応に触れてみたい」と主張。彼女はこのジョージ6世の後を継いで次期君主になることを運命づけられた存在だ。未来を託すべき彼女にとってそれはきっと有意義な経験になるに違いない。両親はそう結論付け、二人の兵士を随行させるのを条件に外出を許可する。

 敷地内に出た瞬間から民衆の凄まじい熱量に飲み込まれる王女たち。とはいえ多感なマーガレットは国民の反応よりもまずダンス・パーティに向かうことにしか目がないご様子。立ち寄ったリッツ・ホテルでスキを見て逃げ出した彼女を追いかけてエリザベスも、まるでウサギの穴に転がり込む「不思議の国のアリス」のように、上階から下階へと喧騒の中をくるくると回転しながら駆け下り、この不思議の街ロンドンをたった一人で駆け出していくことになる——。

『英国王のスピーチ』と対になるスピーチが登場

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 本作は、この日ロンドンのみならずヨーロッパ中が享受したであろう歓喜の渦を実にダイナミックに表現していると同時に、よりにもよって我々は、未来の女王の目線を借りて当時の生々しいロンドンを胸いっぱいに体感することになる。そういった「ロンドン観光ガイド」的な旅の中で、エリザベスはやがて一人の兵士と出会い、恋なのか愛なのかまだ判然としない淡い思いに包まれていく。

 まずもって注目したいのは本作が『英国王のスピーチ』と対になったような構造を持っているということだ。というのも、『英国王のスピーチ』ではいよいよ英国がドイツとの開戦に踏み切る際に、ジョージ6世自ら国民へ呼びかけるラジオ演説を行うところがクライマックスとなった。

 一方、本作でジョージ6世は、ようやくその戦いに終止符が打たれたことを祝福し、またもラジオで終戦のスピーチとして直接国民に言葉を投げかける。その瞬間、エリザベスは父親の声をパブの座席で耳にする。そうやって周囲の表情や態度を目にしながら、君主が一体どのように受け止められているのかをつぶさに理解するのだ。

 おそらく『英国王のスピーチ』の成功がなければ本作の企画自体、誕生しえなかったのだろう。あの映画があったからこそ、我々は下調べや説明がなくても登場人物が顔をのぞかせた瞬間にそれが何者であるのかを察することができる。そうやって物語の深みと脚色を味わうことができるのだ。

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