松江哲明の『アイアムアヒーロー』評:原作愛がありながら、映画的な快楽を追求した作品

松江哲明の『アイアムアヒーロー』

 漫画原作映画についてもう少し話をすると、最近は『アイアムアヒーロー』以外にも『ちはやふる』などが評価されて、その座組みや制作の流れになにか変化があったと考えている方々も少なくないと思いますが、僕は必ずしもそうではないと思います。おそらく、これまでの漫画原作映画も優れた作品にしようと熱意を持って作られてきて、酷評だった『進撃の巨人』でさえ挑戦的なプロジェクトではあったはずです。作り手は決して安全パイで流そうとはしていない。だけど、うまくいかなかったわけで。ただ、数々の失敗を経て、みんなメジャー大作での戦い方がわかってきたということはいえるかもしれません。それは監督だけじゃなくて、プロデューサーも含めて。

 でも、だからといって今後、日本映画がすごく面白くなるかといったら、そう簡単な話でもないと思います。監督たちはそれぞれ、面白い作品を生み出そうとしていると思いますけれど、いくらでも現場に悪影響でしかない日本映画の仕組みって残っていますから。日本映画が本当に「面白い」と認識されるには、1本や2本当てたくらいではダメなんですよ。90年代の日本映画が海外で評価されていたのは、黒沢清、三池崇史、北野武、阪本順治、青山真治、望月六郎など、面白い映画を作れる環境にある監督が何人もいたからなんです。『アイアムアヒーロー』も『ちはやふる』も実際に見た人の口コミで広がっているのが現代的だな、と思います。キャストや監督への期待よりも、見て面白いかどうか。それはある意味、健全なヒットの仕方なんだと思います。

 正直に言うと、僕自身は日本映画界がどうなろうと別にいいと思っていて。面白い日本映画じゃなくて、面白い映画が観たいだけですから。本気で映画を撮りたい人間は、放っておいても何が何でも作りますしね。ただ、変な慣習はなくなった方が良いと思います。漫画原作じゃなければ企画が動かないとか、内容と全然合っていない主題歌を押し付けられるとか、性をテーマにした作品なのに女優が脱がないとか。海外の映画祭で日本映画のラブシーンとかを観ると、乳首隠してるのとか逆に恥ずかしいですよ。多くの海外映画ではそういうシーンをちゃんと撮っているんだけど、日本ではそうやって隠すのが当たり前のこととして育ってきているから、表現がおざなりになるんでしょうね。これは大きな問題ですよ。カンパニー松尾監督の大作AV『劇場版テレクラキャノンボール』(2013)が話題になったのも、今の日本映画が避けてきた表現に対する反動があったんだと思います。いまの悪しき日本映画は、そういう変なルールのがんじがらめが生み出していると思うので、制作者の側が「これではいけない」と気づくべきだと思います。

 それでも『アイアムアヒーロー』のような映画が作られるのは素晴らしいことだと思います。視野が国内だけに向いてないからきっと海外でも受けると思います。外国にもいるんですよ、ハリウッド的な演出に飽きてる人が。血の流れない映画なんて見たくない!って観客は国籍を問わず一定数必ずいて、ファンタ系の映画祭とか大盛り上がりですから。日本映画はそこを目指すべきだと思います。

(取材・構成=松田広宣)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』の監督を山下敦弘とともに務める。最新監督作は、2016年4月8日より放送中のテレビ東京系ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』。番組公式サイトはこちら→http://www.tv-tokyo.co.jp/okodawari/

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■公開情報
『アイアムアヒーロー』
公開中
原作:花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」連載中)
監督:佐藤信介
脚本:野木亜紀子
音楽:Nima Fakhrara
キャスト:大泉洋/有村架純/吉沢悠/岡田義徳/片瀬那奈/片桐仁/マキタスポーツ/塚地武雅/徳井優/長澤まさみ
公式サイト:http://www.iamahero-movie.com/
上映時間:2時間7分/シネマスコープ
製作:東宝
共同製作:エイベックス・ピクチャーズ 小学館 電通 WOWOW 博報堂DYメディアパートナーズ ジェイアール東日本企画 KDDI TOKYO FM 日本出版販売 小学館集英社プロダクション ひかりTV GYAO
製作プロダクション:東宝映画
配給:東宝
(c)2016 映画「アイアムアヒーロー」製作委員会
(c)2009 花沢健吾/小学館

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