人気絶頂マシュー・マコノヒーは、なぜ異色作『追憶の森』出演を決めたのか?

M・マコノヒー『追憶の森』出演の背景を考察

 マシュー・マコノヒーがキャリアの全盛期を迎えて久しい。そもそも90年代後半にその精悍な顔立ちと、時に飄々とした存在感で他人の懐に入り込むキャラクターで印象を刻んだが、00年代にはなかなかヒット作が生み出せない状況に陥った。その頃の心境はもしかすると、巨大な森の中で自分探しの旅を続けるようなものだったかもしれない。

 だがその長いトンネルを抜けると、『リンカーン弁護士』(2011年)が高評価で迎えられ、運命の12年には『マジック・マイク』や『ペーパーボーイ 真夏の引力』でミステリアスかつ殻を破った役柄が強烈な印象を残した。彼が変わったのか。時代が追いついたのか。その後、『ダラス・バイヤーズクラブ』(2013年)ではついにオスカー受賞。そんなノリに乗った彼の最新作として『追憶の森』のような作品が封切られるのは極めて興味深いことだ。

 『追憶の森』の原題は“The Sea of Trees”。一人の絶望の淵に立ったアメリカ人が、ネットで死に場所を検索した末にヒットしたのが富士の樹海。直感的にここが最適の終着地のように思えた。彼は片道切符を手に、たどり着いたその森を深く進み、その中でひとりの日本人と出会うーー。

カンヌでブーイング!? 評価真っ二つの異色作

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 まず、我々がこの映画を観る前に踏まえておきたいこととして、カンヌ映画祭での一件がある。評価は真っ二つ。会場ではブーイングさえ起こったと言われる。でもだから何だというのだ。そもそもガス・ヴァン・サントの映画が万人向けではないことは映画ファンの誰もが知る事実。アート系に振り切れた時はその傾向はより顕著となる。むしろブーイングが起きるくらいの過剰反応があったほうが料理の塩加減として最適なのではないか。

 本作は決してアート系ではなく、ヴァン・サントの映画としては商業系に分類されるもの。挫折や絶望を抱えた人間の再出発はもはや彼の作風のトレードマークとも言えるし、さらに今回は砂漠ではなく青々とした森の中を延々と「彷徨い続ける」という点も、ファンとしてはニヤリとしてしまう象徴的な部分だ。

 とはいえ、日本人にとってみれば樹海は死の象徴。どこかホラーの要素の強そうなイメージが先行するのも当然である。でも扉を開けると触感は全く異なっていた。恐怖映像で驚かせたり、魑魅魍魎が蠢くような世界観の提示ではなく、美しく、時に幻想的。そこで過去をめぐる夫婦関係のミステリーや、スピリチュアルな展開が静かに折り重ねられ像を帯びていく。

マコノヒーは何に惹きつけられたのか?

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 では、なぜ人気の絶頂にあるマシュー・マコノヒーは本作を選んだのか。もちろん本作の脚本が“ブラックリスト(ハリウッド首脳陣がリストアップした未製作の優秀脚本)”に選出されるほど高評価を受けていたという事実もある。ユニークな舞台設定、ストーリーはもちろんのこと、ヴァン・サントと仕事ができるのも大きな魅力だった。が、彼を突き動かしたのはそれだけではない。

 ひとつの鍵となるのはオファーのタイミングだ。前述で触れたように12年をきっかけに人気がスパークした彼だが、本作の脚本に触れたのは2014年の初め頃だった。『インターステラー』を撮り終えた直後で、その前に撮影済みだった『ダラス・バイヤーズクラブ』がいよいよ公開を迎えるという時期。まだ賞レースもスタートしておらず、彼が主演男優オスカーを受賞するなんて誰も予想すらしていなかった。

 当時のマコノヒーは『ダラス・バイヤーズクラブ』の宣伝のため多種多様なメディアに出ずっぱりだったこともあり、彼自身の中には「森の中を一人で散策するような瞑想のひとときが必要」という気持ちが沸き起こっていたようだ。そんな矢先に飛び込んできたこの脚本。映画を一つの作品としてのみならず、フィルモグラフィーの流れとして捉えるときに、そこに何かが見えてくることがある。この選択はまさに運命的でありながら、必然的な決断だったと言えるだろう。

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