視聴者はいつしか共犯者の心理にーー『ハウス・オブ・カード』の“悪の魅力”

『ハウス・オブ・カード』の“悪の魅力”

インサイダーによる政界のリアリズムと冷めた視線

 本作の原作者、マイケル・ドブズはリチャード・ニクソン大統領が関係した「ウォーターゲート事件」の衝撃に揺れる70年代のアメリカで、新聞記者として働いていた。その頃の彼は、柔和な印象と有能さから「ベビー・フェイスの殺し屋」と呼ばれていたという。その後、故郷の英国に戻り、スピーチライターとして保守党の選挙参謀に加わり、マーガレット・サッチャー内閣の大臣にもなった保守党議員の政治顧問を務めた。この記者生活と政界での経験が、本作の原作執筆に活かされている。

 面白いのは、ニクソンは中国との国交正常化やベトナム戦争撤退など外交において、サッチャーは改革を断行し国家の財政を救ったという大きな政治的実績があるにも関わらず、アメリカ、英国それぞれで最も嫌われている指導者だという事実である。ニクソンは対抗勢力である民主党本部の盗聴に関与したことが発覚し、異例ながらその職を任期中に追われた唯一の大統領であり、サッチャーは富裕層優遇政策を徹底し格差を増大させ、貧困層に負担がかかる税制を導入したことで暴動を引き起こした首相でもあるのだ。両者に共通するのは、目的のため「手段を問わない」政治姿勢だろう。マイケル・ドブズが引退後書き上げた原作は、このようなアメリカ政治の腐敗への風刺であり、自分自身も加担していた英国政界の内実の暴露でもある。

 これをアメリカの政治劇として書き直したのが、本作『ハウス・オブ・カード』のメイン脚本家ボー・ウィリモンだ。彼もやはり民主党で大統領選に関与しており、ヒラリー・クリントンと仕事をしたこともある。その経験は選挙の内幕を描いた戯曲として活かされ、『スーパー・チューズデー 正義を売った日』として映画化もされた。『ハウス・オブ・カード』に漂う、信頼や幻想を排除した政治の荒廃への冷めた視線は、その内幕を垣間見た二人のインサイダーによる批判性が基となっているのだ。

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政治劇を超えた「悪」の魅力の追求

 本作がマイケル・ドブズの原作と異なるのは、倫理に反して「悪」をより追求し娯楽化を徹底していく姿勢だ。かつてヨーロッパの文学界では、堂々とした騎士道精神を尊ぶ風潮へのカウンターとして、「悪党文学」というジャンルが生まれている。その代表が、19世紀フランスの文豪バルザックによる「ゴリオ爺さん」だ。そこに登場する、「トロンプ・ラ・モール(死のいかさま師)」と呼ばれる悪党ヴォートランは、魅力的な人物として、むしろその悪行は爽快に描かれる。ヴォートランは野心的な若者に目をつけ、彼の心理を巧みに操り、意のままに行動させていく。このヴォートランの悪魔のような「人間操縦術」は、本作に登場する若い政治家ピーターの野心と過失を利用し、彼の破滅を踏み台としてのし上がろうとするフランクの陰謀に重なる。このような悪党文学の、悪行を娯楽として楽しむ価値観をドラマで復活させる姿勢は、正義と倫理を描くことが常識となり、それがときに観客の共感を得ようとするあまり、安易で事務的なものになることも多い、現代の映画・ドラマの世界において、やはりカウンターになり得るものだ。その面白さは、政治劇という枠を超えた根源的なものであろう。

 フランクの人間操縦術は、その人間の「弱み」と「欲望」を正確に把握し、両面で操っていくというものだ。最も欲しているものは何か、守っているものは何かをつかむことが必要なのである。そのために利用できる人物とは出来る限り親密になり、存在価値がなくなると切り捨てていく。そのような陰謀は社会の巨悪というより、むしろ卑小な「いかさま師」の悪行である。それだけに視聴者はフランクに自分を投影することも可能になる。だが真におそろしいのは、このような卑小な悪党が大統領執務室という、世界で最も権力を持った「政治の中枢」に到達するという事態が、容易に起こり得るということである。そしてそこで決定されるあらゆる政治判断は、国民の意志とは関係のない、個人的な欲望や私怨に左右されたものになるだろう。それは荒唐無稽な物語というより、むしろ現代社会において圧倒的なリアリティを直感的に感じてしまうのである。

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■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■配信情報
『ハウス・オブ・カード 野望の階段』
Netflixにて全シーズンを一挙独占配信中
(c)Netflix. All Rights Reserved.
Netflix:https://www.netflix.com/jp/

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