「悪役を演じるのは役者冥利につきる」なんてのは迷信だよーーケヴィン・ベーコン、役者道を大いに語る

ケヴィン・ベーコンが語る役者道

 2人の少年と、コップ・カー(パトカー)の持ち主である一人の警官、登場人物はほぼその3人。舞台は見渡す限り道路と草と木しかないコロラドの田舎。そんなミニマルな佇まいの心理サスペンス劇『COP CAR カップ・カー』だが、その警官を演じているのがあのケヴィン・ベーコン、そして監督(ジョン・ワッツ)はまだ無名だが『スパイダー・マン』新シリーズに抜擢されたと聞いたら、映画ファンなら俄然興味が湧いてくるだろう。

 今回、リアルサウンド映画部は、本作の製作総指揮も務めているケヴィン・ベーコンにインタビューをするという貴重な機会を得た。「アメリカ人の役者にはアメリカ人のキャラクターを演じる機会しか与えられない」「悪役を演じるのは役者冥利につきるなんてのは迷信だ」などなど、ハッとさせられる発言が次々と飛び出した取材。今やハリウッドを代表するベテランのスター俳優であり、数々のチャーミングな逸話でも知られているケヴィン・ベーコンだが、その素顔は、想像以上にインテリジェンスに溢れていて、とにかく映画に関して「熱い」男だった。(宇野維正)

「「こういう役はやらない」というルールはまったくない」

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——今作『COP CAR コップ・カー』が好例ですが、大作から低予算のインディペンデント映画まで、そして善良な人物から悪役まで、ハリウッドのアクターの中でもあなたくらい幅広い作品で幅広い役柄を演じてきたアクターはなかなか見当たりません。それでも、そこにはあなた独自の作品を選ぶ基準、役柄を選ぶ基準のようなものがあると思うのですが、それについて詳しく教えてもらえないでしょうか?

ケヴィン・ベーコン(以下、ベーコン):まずプロジェクトが自分のところにきた時は、ストーリーよりもキャラクターに目を向けるんだ。その役に自分がなりたいかどうか、自分にとっては演技とはそういうものだから、それを考えるのと同時に、この役と同じような役を過去にやったことがあるかどうかを考える。やったことがなかった場合、つまりそれは自分にとって新しいことなので、より興味を持つことができる。それから、脚本全体、監督、共演者、ロケーションといったほかの部分もじっくりと考えて、総合的にやりたいかどうかを決めていく。ある時点で「よし、これならやろう」という一線が見えてくるんだ。

——逆に「こういう作品には出ないようにしてきた」「こういう役柄は演じないようにしてきた」というルールのようなものはあったりするんでしょうか?

ベーコン:「こういう役はやらない」というルールはまったくないな。コメディからホラーからアクションからヒューマンドラマまで、僕はほとんどのジャンルの作品をやってきているし、基本的に映画作りが、映画の現場で仕事をするのが大好きだから、そういう壁は一切設けないようにしているんだ。ハリウッドで周りを見渡すと、人によっては「自分はこういうタイプの役しかやらない」と自分の領域を決めている人がいたり、「これはちょっと自分のイメージが崩れるからやりたくない」とある種の役を演じるのを怖がる人もいるけれど、僕にはそういうのは一切ないんだよね。

——再来年の2018年には、あなたは映画役者としてのデビュー40周年、そして60歳の誕生日を迎えます。約40年間、あるいは『フット・ルース』での大ブレイクから数えても30年以上、あなたはアメリカの映画界の第一線でサバイブし続けてきたわけですが、その秘訣があるとしたらそれは何だと思いますか?

ベーコン:とにかく映画の世界の中に一旦入ったら、そこでいろんな状況や出来事にもまれながら、それでもひたすらがんばっていくってことに尽きると思うんだ。長期的に、自分の人生をかけて、映画の仕事にコミットすること。簡単にやれること、簡単にくる仕事なんていうのは、この世界には一切ないわけだから、とにかく努力を重ねること。弛まぬ努力は絶対に必要だよ。人によっては「天から恵まれた才能を与えられて」なんていう人もいるけれど、僕はそういうことは信じない。僕は努力すれば努力するほど自分の芸を磨けると考えている。

——『COP CAR コップ・カー』の舞台は現代ですが、70年代と言われてもそのまま通じてしまうようなコロラド・スプリングスという極めてアメリカ的な風景が印象的で、ある意味、あの風景がもう一つの主役と言ってもいい作品だと思いました。そこでふと気づいたんですけど、あなたのこれまでのバリエーションに満ちた出演作に何か共通点のようなものがあるとしたら、どこか「70年代のアメリカ映画」的なテイストを持った作品が多いように思ったんです。ケヴィン・ベーコンという役者がそういう作品を引き寄せているのか、あるいはあなた自身がそういう作品に引かれていることが多いのかどうかはわかりませんが。

ベーコン:それについては意識をしたことはないな。でも、確かにこれまで自分が演じてきたキャラクターの多くは、本質的な意味で、アメリカ的な資質を持ったキャラクターが多かったように思う。あと、これは最近の映画を見ればよくわかると思うけど、英国人やオーストラリア人がアメリカン・アクセントの英語を訓練してアメリカ人を演じるということはよくあるし、それだけでなく、外国の役者はとても自由に自分の母国とは違う国籍のキャラクターを演じているだろ? でも、僕らのようなアメリカ人の役者には、あまり外国人を演じるチャンスが与えられていないように思うんだ。

——確かに!

ベーコン:それはそうとして、僕は良くも悪くも典型的なアメリカ人を演じることに、特に不満を覚えているわけではないよ。あと、君が指摘した「70年代アメリカ映画」的なテイストの作品が多いということについても、考えたこともなかったけど、実際に自分が最も影響されてきたのは70年代のアメリカ映画だし、ちょうどその頃、映画の道に進みたいと思って、決断したわけだから、とても思い入れがある時代でもある。だから、そう言われるのはちょっと嬉しいよ(笑)。

「重要なのは、「この役は自分にとって挑戦だった」と思えるかどうか」

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——『COP CAR コップ・カー』であなたが演じている役柄は、得体の知れない野蛮な「悪」の存在を体現しているように思いました。映画で善人を演じることと、悪人を演じること。あなたにとってはどちらの方が役に入り込みやすいですか?

ベーコン:どちらが入り込みやすいか、つまり、演じやすいか、演じにくいかというのは、実は重要な問題ではないんだ。演じる前に思っていたよりも簡単だったりすることもあるし、逆に難しかったりすることもあるけど、自分は演じやすい役を求めているわけではないから、それは結果論でしかないし、そこに自分の関心はない。重要なのは、「この役は自分にとって挑戦だった」と思えるかどうかなんだ。映画業界には「悪役を演じるのは役者冥利につきる」っていう神話みたいなものがあるんだけど、それについて自分は懐疑的だ。そんなの迷信だと思うね。善人か悪人かなんてことよりも、そのキャラクターがどれだけ複雑か、そのキャラクターにどれだけ驚きがあるか、僕が気にしているのはいつもそこで、その先にキャラクターの「声」のようなものを見つけることができれば、それが自分の演じたいキャラクターってことなんだ。

——40年近くに及ぶあなたの映画俳優としてのキャリアの途中には、我々には伺い知ることのできない、あなたにとって個人的なターニングポイントとなった作品、あるいは監督との出会いがあったのではないでしょうか? それはどの作品で、どのような意味でターニングポイントになったのか教えてください。

ベーコン:まず重要だったのは、やっぱりデビュー作となったジョン・ランディス監督の『アニマルハウス』だね。初めて映画の現場に足を踏み入れて、映画作りの現場のカオスの中に放り込まれ、それを本当に魅力的に感じて、映画の世界に引き込まれたのがこの作品だった。僕は、映画と本当に恋に落ちてしまったんだ。次に印象的だったのはバリー・レヴィンソン監督の『ダイナー』。それまで演劇の勉強をしたり、演技の学校に行ったりしていた時に磨いてきた自分の演技スキルというものを、初めて少なからず表現することができたという実感を得ることができた。自分にとって初めての大きな役だったということもあって、演劇と映画の違いを強く感じた作品でもあったね。それから……うん、やっぱりハーバート・ロス監督との『フット・ルース』についても触れないわけにはいかないな。いわゆるスターダムというのを初めて経験することになって、わくわくもしたんだけど、それ以上に混乱したり、怖い思いもした。それ以降は、素晴らしい監督、脚本家、撮影監督をはじめとするクルーたちとのとたくさんの仕事に恵まれて、そこで影響を受けたり、助けられたり……。そうやって僕のキャリアは進んでいった。今の僕という役者を作ったのは自分の力ではなくて、そうした数えきれない人たちのおかげだよ。

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