菊地成孔の『インサイダーズ/内部者たち』評:とうとう「銃が出て来ないギャング映画」が韓国から

菊地成孔『インサイダーズ/内部者たち』評

結局もう大ヒットですよ

 ビョン様と並び、「四天王」と言われた、ウォンビン、ぺ・ヨンジュン、チャン・ドンゴンが、ほとんど俳優としての活動をセミリタイア状態にしている現在、ビョン様だけがハリウッドに進出、ヨーロッパでも評価され、ご結婚、直後に何か奇妙なセックススキャンダルで訴えられる(結局シロ)等々、ここに来て目覚ましい旺盛さで活動するエネルギーは前述の、我らが渡辺謙氏にも似て、40過ぎてからの成熟と更なる冒険という(ビョン様は重病の克服、がありませんし、渡辺謙氏は訴訟騒ぎはあったものの、セックススキャンダルではありませんでしたが。念のため)、非常にポジティヴでヘルシーな、攻めのライフスタイルを見せていることが、韓国の映画界の成熟、前述のコリアン・ホットの充実、といった状況とがっぷり四つに組んだ形の、非常に幸福な状態を本作は記録しています。

 何せ本作は、R指定作品としての興収をガンガン塗り替えて、とうとう「アジョシ」「チング」といった歴代ナンバーワンヒット作をも追い越して興収歴代ナンバーワンに輝き、50分長いディレクターズカット版が更にチャートアクションする。という、とんでもない事に成っています。

 主人公の片手がイトノコで切り取られる、銃の出てこないヴァイオレンス映画という斬新さ、韓国社会に蔓延する政府やマスコミへの深い怒りと、「すべての亀裂は、内部の条件によって完成される」というテーマを紙に書いてから原作の作画に取り掛かったという原作者の批評精神、その原作を換骨奪胎させた監督、脚本のクールさが渾然一体となった傑作で、そういう作品が(だからこそ)ナンバーワンヒットになる、という「ちょっと古臭いぐらいの真っ当さ」こそが、我が国の外側を取り囲むリアルだと言えるでしょう。

 韓流ペンの皆様には言わずもがなのスタッフ一覧を書きますと原作者は『黒く濁る村』『ミセン-未生-』のユン・テホ、脚本と監督は、『スパイな奴ら』でニュースパイムーヴィーを確立させた智将ウ・ミンホ、優しい善人しか演じたことがないあのペク・ユンシクが初の体当たりド悪役、ビョン様とダブル主演となるチョ・スンウは「とてもじゃないが僕向きの役ではない」と断り続けた末に出演を決定、新境地を見せています。撮影は『悪いやつら』のコ・ラクソンが彼の判断でヴィスタサイズを選択、美術監督はあの『ベテラン』『監視者たち』のチョ・ファンソン、擬闘監督は『アジョシ』のリアル・アクション派パク・ジョンリュル、音楽は『ベルリンファイル』を乗りこなしたチョ・ヨンウク、と、もうこれは総力戦である事がわかります。

そして問題は

 これはワタシ自身の問題でも、日本映画界の問題でも、日本社会の問題でもありますが、よくある、部外者からの「それって日本でいうと誰と誰のこと?」という質問に対して、ワタシが完全な無力であること、更には、おそらくワタシ以外の職業批評家の方々でも無理であろうこと。です。文化的なタコツボ化大いに結構、俺と関係ねえジャンルの事なんかどうでも良いよでOKの世の中です。しかし、欧米や中東やアフリカなどの映画を観て「外国は日本と違うなあ」と思うのと、大韓民国の映画を観て同じように思う事に差がある、という事なのだとしたら、それは差別だとか、隣国とありがちな事だとか、右だとか左だとかマッチョだとかオタクだとかいうレヴェル以前に、ほんのちょっとした勇気の問題だとワタシは考えます。我が国の現在の興収1位は『ドラえもん/新・のび太の日本誕生』、歴代1位は『千と千尋の神隠し』です。是非本作と見比べて頂きたい。またタコツボに戻るとて、有害な偏見も、有害な自尊心も、有害な自負心も、有害な差別心も消える筈です。

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『インサイダーズ/内部者たち』 (c)2015 showbox and inside men, llc. ALL RIGHTS RESERVED

■公開情報
『インサイダーズ/内部者たち』
3月11日(金)TOHOシネマズ新宿ほか、全国ロードショー
出演:イ・ビョンホン、チョ・スンウ、ペク・ユンシク
監督・脚本:ウ・ミンホ
原作:ユン・テホ
配給:クロックワークス
2015年/韓国/ビスタ/DCP5.1ch/130分/R15
(c)2015 showbox and inside men, llc. ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:inside-men.com

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