荻野洋一の『無伴奏』評:政治的季節を舞台とした、性愛と喪失の物語

『無伴奏』が描く青春の衝動

 やがて少女は仙台の街を去り、(原作者自身がそうであったように)おそらく東京で小説家になるのだろう。しかしそこまでは描かれない。映画はまだ、彼女に何の決着も与えない。喪失した事柄に対する悼みの仕事はまだこれからだ。いや、その仕事はひとり響子だけでなく、若い観客のそれぞれにもゆだねられている。どうか、彼らの青春の骨を拾い、喪を演じてみせるのは皆さんの仕事なのだから、それを響子たちに仕返ししてあげて下さい──この映画の作者たちの願いが、そのように聞こえた。

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 演劇・映画用語に「空舞台(からぶたい)」という言葉がある。登場人物が皆いなくなり、舞台セットやロケーションが無人になるシーンのことを「空舞台」と呼ぶ。この映画のラストには、大げさではなく、映画史上に残るほど美しい余韻に満ちた「空舞台」が用意されている。喪失の深い悲しみに満ち、と同時に希望の予感が漂う「空舞台」。誰かの愛の亡霊がそこに戻ってきて聴いているかのごとく、パッヘルベルの「カノン」が流れ始める。この無の空間をふたたび新たな物語で埋め尽くしてみせるのは、今、このスクリーンをご覧になっているあなた方だ──作者たちは、私たちにそう訴えかけているように思える。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。(ブログTwitter

■公開情報
『無伴奏』
3月26日、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
出演:成海璃子、池松壮亮、斎藤工、遠藤新菜、松本若菜、酒井波湖、仁村紗和、斉藤とも子、藤田朋子、光石研
監督:矢崎仁司
原作:小池真理子『無伴奏』(新潮文庫刊、集英社文庫刊)
主題歌:「どこかへ」Drop's(STANDING THERE, ROCKS / KING RECORDS)
配給:アークエンタテインメント
製作:「無伴奏」製作委員会(キングレコード/アークエンタテインメント/オムロ)
2015年/日本/カラー/16:9/5.1ch/132分/R15+
(c)2015 「無伴奏」製作委員会
公式サイト:mubanso.com

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