>  >  > 門間雄介が『セーラー服と機関銃』などを語る

門間雄介の「日本映画を更新する人たち」 第2回

『セーラー服と機関銃 -卒業-』『ちはやふる』……門間雄介が“女性の映画”に携わる才能を分析

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邦画
門間雄介
高田亮
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 『さよなら渓谷』『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』など、近年評価の高かったこれらの作品の影には、つねに彼の存在があった。脚本家、高田亮。これまで彼が脚本を書いてきた作品には、ひとつの執着のようなものがある。ほとんどが女性たちの映画だということだ。女の壮絶な過去が次第に浮かびあがる『さよなら渓谷』、閉塞した北の町に暮らす女の生が痛い『そこのみにて光輝く』、さまざまな人間群像のなかで子を愛せない母の姿に迫った『きみはいい子』といった具合に。特に『そこのみにて光輝く』は驚きだった。なぜなら男性主人公の視点が中心の原作を脚色し、彼が出会う女性キャラクターの絶望感ににじり寄ることで、彼女に扮した池脇千鶴のあの鮮烈な芝居を引き出したのだから。

 そもそも彼の出世作『婚前特急』からして女性の映画だった。同時に交際する5人の男たちのなかから、結婚に最もふさわしいひとりを選ぶ女のドタバタ劇は、彼女の奔放な言動を笑いながら、根っこの部分でそのしたたかさを畏敬にも似た思いで見つめる、いってみれば女性讃歌みたいに思えた。その考え方があながち間違いでもないと感じたのは、同様の恋愛コメディ『わたしのハワイの歩き方』も、型破りな女主人公の姿が不思議と観る人を元気づける女性映画に仕上がっていたからだ。

 この2作品をともに作りあげたインディペンデント時代からの盟友、前田弘二監督と高田亮のふたりが『セーラー服と機関銃』の後日談を手がける。そう聞いた時、「へえ、そうなんだ」程度のぼんやりした印象しか抱かなかったのは、角川映画40周年記念という企画先行のイメージが強かったせいだろうか。結論から言うと、『セーラー服と機関銃 -卒業-』はオリジナルの設定を無理なくアップデートし、女主人公の成長をドラマティックに描く、前田・高田の監督・脚本家チームによる最良の女性映画になった。

 弱小暴力団の跡目を継いだ女子高生の星泉は、いまでは組を解散して、平穏な高校生活を送っていた。だが街を薬物で汚染する新興勢力の台頭によって、はるか年上の子分たちとともに、彼女は再び組の看板を掲げざるを得なくなる。無邪気な日常が一転し、抗争に巻き込まれていく少女の憤りや悲しみを、高田の脚本がまず的確にとらえている。主人公を演じた橋本環奈に、女子高生と組長というふたつのかけ離れた顔を違和感なく与えたのは、演出家として大きく飛躍した前田の功績だ。高田の脚本も前田の演出も、周囲のキャラクターにきちんと命を吹き込むことで、ひとりひとりの役者を活かすだけでなく、主人公が経験するさまざまな出来事をくっきりとした輪郭で彩ることに成功している。いくつもの修羅場を乗りこえて高校の卒業式を迎える主人公の成長譚が、はかない少女時代の終わりを祝福するようなものになっているとしたら、それは関わった監督と脚本家それぞれの成長もここに確かに刻まれているからだ。

 余談。高田が次に脚本を手がける山下敦弘監督の新作『オーバー・フェンス』も、女性キャラクターの描き方に彼らしさが現れた傑作だが、詳しくは公開時にでもあらためて。

     
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