ショー的要素に欠けていた? 「白人偏重」に揺れた第88回アカデミー賞授賞式を考える

第88回アカデミー賞の結果を考察

 その視点で第87回を思い返すと、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)による作品賞以下の受賞によって、「これまで評価されなかったラテン系の映画人を評価する」という“意図”が、前年に監督賞を受賞したアルフォンソ・キュアロンの『ゼロ・グラビティ』(13)に引き続いて成されていたことが伺える。

 それだけではない。第86回のエレン・デジェネレス、第87回のニール・パトリック・ハリスと、アカデミーは2年連続でLGBTを公言する人物を司会に選んでいた。LGBTもまたハリウッドが抱える問題のひとつなのだが、近年アメリカで同性婚が洲によって認められつつあるように、そのこともハリウッドで評価していこうという流れが何となくあったのである。

 LGBTの問題を描き、前評判や前哨戦において高い評価を得ていた『キャロル』や『リリーのすべて』が今回辛酸を舐めたことは、『ブロークバック・マウンテン』(05)における苦い過去を想起させる。この年、ハリウッドでは『ブロークバック・マウンテン』の第78回アカデミー作品賞受賞如何で、今後LGBTの問題をハリウッドメジャー作品で真正面から描けるようになるか否かという正念場にあった。実は第66回でも、『フィラデルフィア』(93)が評価されるか否かで、エイズの問題をハリウッドメジャーで描けるようになるか否かという瀬戸際にあった。結果トム・ハンクスが主演男優賞を受賞したことで、ハリウッドはエイズの問題を映画の題材にしやすくなったと言われている。同様の期待が『ブロークバック・マウンテン』にも寄せられたのだが、結果はアン・リーの監督賞などに留まり、作品賞を『クラッシュ』(05)に譲ったことで、「ハリウッドはLGBTを描くにはまだ早いと判断した」とされたのだ。

 今回『キャロル』で主演女優賞候補となったケイト・ブランシェットは、事前のインタビューで受賞が難しいことを自認しながら「10年前なら候補にすらならなかった、だから候補になったこと自体に意味がある」とLGBTを描いた作品がハリウッドで認められることにまだ時間がかかることを静かに訴えていた。それ故、『007 スペクター』で歌曲賞に輝いたサム・スミスが、受賞スピーチでLGBTの問題に言及したことにも意味があるように思えるのだ。

 確かに「白人偏重」は重要な問題だけれど、社会に点在する問題はそれだけではない。例えば、今回の候補作で長編や短編のドキュメンタリー部門や短編実写部門に目を向けると、民族や紛争・難民の問題を描いた作品で占められていたことにも気付く。また、男性から暴力を受けるパキスタンの女性たちの現実を描いた『A Girl in the river』で、シャーミーン・オベイド=チノイ監督が同様のテーマを題材にした『セイビング・フェイス 魂の救済』(12)に続いて短編ドキュメンタリー賞を受賞したことや、レディ・ガガが歌曲賞候補となった『ハンティング・グラウンド』の主題歌「Till it happens to you」のパフォーマンスで、女性への性差別問題が根深いことを感じさせた点も忘れてはならないのである。

 多様化を認める、ということは、そのこと自体が“利権”のようになってはならない。例えば、我々日本人からすると、『思い出のマーニー』(14)が長編アニメ映画賞を受賞しなかったことだけでなく、この映画で美術を担当した種田陽平が『ヘイトフル・エイト』の素晴らしい美術で候補にすらなっていない、或いは『レヴェナント:蘇えりし者』で坂本龍一が候補になっていない等、いくらでも難癖はつけられる。しかし、そんなこと言っても仕方ないことは百も承知なのだ。

 その“百も承知”であることが何となく反映されたのは、レオナルド・ディカプリオの受賞に際して、Twitterの呟きが1分間に44万もあったという記録の一方で、全米の番組視聴率自体は過去8年で最低であったという視聴者側の率直な反応にあるように思う。

 とはいえ悲観的要素ばかりではない。『ルーム』のブリー・ラーソンや『リリーのすべて』のアリシア・ヴィキャンデルといった新しい才能、他の候補作品と比べて圧倒的に製作費の低い『EX MACHINA』 に対するアナログ的な視覚効果への評価など、ハリウッドはまだまだ捨てたものではないとも思わせてくれる。そして授賞式自体も“映画製作における順序に添って受賞者を発表する”という趣向を凝らすなど、ハリウッドが「映画とは何なのか?」ということを今いちど検証・模索しているようにも見える。

 アカデミー賞の楽しみは「何が獲ったのか?」という受賞結果だけではなく、「なぜ獲ったのか?」或いは「なぜ獲れなかったのか?」という背景にある。そのことを導けば、10年先、20年先におけるハリウッド映画の展望が、今回授賞式にも見えてくるのではないだろうか。

■松崎健夫
映画評論家。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『ZIP!』(日本テレビ)、『キキマス!』(ニッポン放送)などに出演中。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。Twitter

■放送情報
「第88回アカデミー賞授賞式ダイジェスト」
WOWOWにて3月5日(土)20:00~放送(字幕版)
写真提供:Getty Images

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