>  > 小野寺系の『ブリッジ・オブ・スパイ』評

スピルバーグ監督の新たな到達点 『ブリッジ・オブ・スパイ』に宿る信念を読む

関連タグ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

国家を超え、信念によってつながる男たち

20151204-bridgeofspy03.jpg

 

 トム・ハンクスが演じる本作の主人公である、保険を担当する弁護士ドノヴァンは、アベルの弁護を引き受け、彼と接見する。冷戦時代のソ連のスパイというと、アメリカ側の価値観からすると、共産主義を狂信的に信奉する、おそろしい冷血漢というイメージを持ってしまうが、アベルは全くそのような人物ではなかった。彼は画家として優れた技術を持ち、クラシック音楽をたしなむような、芸術を理解するインテリであり、狂信ではなく個人的な信念によって祖国に忠誠を尽くし、死刑になる可能性が高い状況でも取り乱さず、アメリカに寝返らせようとする申し出を断るような、冷静かつ強い精神力を持つ男だった。そのことをドノヴァンが不思議に思っていると、アベルはロシア語で「ストイキー・ムズィーク(不屈の男)」と、つぶやいた。アベルが少年時代に見たという、何度殴られても信念を曲げず立ち上がった男のことだ。

 ドノヴァンに接触をはかったCIAの職員は、アベルとの会話の内容をつぶさに教えろと要求した。弁護士としての守秘義務を持つドノヴァンは、申し出を断るが、彼は「国家存亡の緊急時には法律など守っている余裕はない」と、しつこく食い下がる。それを聞いたドノヴァンは不快感を示す。法律の専門家であることに誇りを持つ彼にとって、法律とは自分の生きる道そのものであり、絶対に譲ることのできない信念だった。つまりドノヴァン弁護士もアベルと同じく、「信念」のために生きる男なのだ。だからこそ彼は、いかなる人間も公正な裁判を受ける権利があるという、法の理念に従い、不利な条件でスパイ裁判を引き受けるのである。

スピルバーグは、何のために政治的な映画を撮るのか

20151204-bridgeofspy04.jpg

 

 アメリカが法治国家である以上、たとえ被告が、国家を転覆させようとするスパイであるとはいえ、公正な裁判は必要であり、当然、弁護士も必要になる。だが、本作の舞台となる時代は1957年、アメリカ国内の共産主義者を告発しようとする「赤狩り」が猛威を振るって間もない頃のことである。核戦争の恐怖から、敵国のスパイ活動を憎悪する市民感情は高まり、小学校では『ダック&カヴァー』という、「核戦争が起きたら、伏せて身を隠せ」という、荒唐無稽な内容の教育映画を子供たちに見せるなど、アメリカ政府は、対立国への必要以上の警戒心と敵愾心を煽っていた。

 そのような気運の中でソ連のスパイを弁護するドノヴァンは、市民の怨嗟の対象になってしまう。列車の中で見知らぬ人々に睨まれ、暴漢に家を銃撃される。さらには、駆けつけた警察官に自業自得だと責められ、裁判所では、傍聴人たちが「死刑にしろ!」と野次る。「スパイとはいえ、彼は自国のために戦う立派な兵士だ」と主張するドノヴァン。その演説と並行して、アメリカ側のスパイが、偵察機でソ連上空に向かう姿が、交互に映される。編集による、その見事に多弁な演出上の構成によって、ドノヴァンの主張が正当なものだと感じさせられてしまうところは、まさに映画の製作者自身が、観客を説得する敏腕の弁護士のようである。

 やがて、ソ連側でもアメリカのスパイが逮捕され、苛烈な拷問を受けることになる。ドノヴァンは、ソ連の交渉役に選ばれ、東ドイツの地で熾烈な心理戦を展開することになる。面白いのは、捕虜を拷問する暴力的で狂信的な共産主義者像というのは、アメリカで「死刑にしろ」と騒いでいた群衆の暴力的な姿に近いということだ。マット・チャーマンとコーエン兄弟による脚本の痛烈すぎる風刺の徹底は見事だ。

 しかし、このような挑発的な映画を撮ることで、映画監督が得をすることは少ないだろう。痛烈すぎる社会批判には、必ずリスクがつきまとう。スピルバーグ監督は、『シンドラーのリスト』で、ナチスドイツによるユダヤ人への迫害や虐殺を描き、ユダヤ人社会から歓迎されたが、ユダヤ人が多くを占めるイスラエルの暗部を描いた『ミュンヘン』では、逆にユダヤ社会から猛反発を受けている。映画ファンにしても、政治性なんかに手を出さず、ただ娯楽映画を撮っていれば良いと考える観客も多いはずだ。だが、民族や国家の壁に縛られず、自分の信じる理想を映像化しようというスピルバーグ監督もまた、胸の中に「ストイキー・ムズィーク」を宿す、信念の男なのだろう。

 本作のドノヴァンは、ベルリンの壁を超えようとして射殺された人々のことを、地元の通勤電車に乗りながら思い出す。そして、自分の弁護士人生をかけ、彼らのような犠牲者を助けていくことを心に決める。セリフの無い、しかし能弁なラストシーンは、「映画演出」によって表現される、スピルバーグ監督自身が主人公に重ねた決意そのものなのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ブリッジ・オブ・スパイ』
2016年1月8日(金)TOHOシネマズ スカラ座ほか全国ロードショー
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ジョエル&イーサン・コーエン
主演:トム・ハンクス
(c)Twentieth Century Fox Film Corporation and DreamWorks II Distribution Co., LLC. Not for sale or duplication.
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/bridgeofspy/

      

「スピルバーグ監督の新たな到達点 『ブリッジ・オブ・スパイ』に宿る信念を読む」のページです。の最新ニュースで映画をもっと楽しく!「リアルサウンド 映画部」は、映画・ドラマ情報とレビューの総合サイトです。

表示切替:スマートフォン版 | パソコン版