ビル・マーレイがクリスマス・ソングを歌う意味ーーアナーキーで偏屈な名優のキャリアを紐解く

  あのビル・マーレイが歌って踊る。この冬Netflix独占放送されている『ビル・マーレイ・クリスマス』はそんなバラエティ・ショーだ。かつてビング・クロスビーを筆頭にアメリカのエンターテイナー達が手がけてきたクリスマス特番をマーレイ風にウィットの効いたアレンジで自ら脚本を執筆。歌うのはマーレイだけではない。マーレイ人脈をフルに駆使してかき集めたキャスト陣の中には、日本でもお馴染みのジョージ・クルーニーや『サタデー・ナイト・ライブ』(以下『SNL』)の後輩(音痴で有名な)クリス・ロック、そして『ハンナ・モンタナ』以降素行の悪さばかりが注目されるがその歌唱力は素晴らしいマイリー・サイラスも歌う。いつも通りやる気の無いマーレイが仏頂面でサンタの赤い帽子を被っているビング・クロスビーのクリスマス・アルバムのパロディ・ポスターが、本作の全てを物語っている事は言うまでもない。

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  そもそも我々日本人にとって、ビル・マーレイの存在を受け入れる環境を整えるまでの道のりは遠かった。あのデーヴ・スペクターも所属していたシカゴの即興コメディ劇団セカンドシティを経て、チェビー・チェイスやジョン・ベルーシといった初期メンバーが成功して抜けていく『SNL』に第2シーズンの途中、チェビー・チェイスの抜けた穴を埋めるべく1977年から4シーズンに渡ってレギュラー出演。あのジョン・ウィリアムスの名曲「スター・ウォーズ」のテーマに歌詞を付けて歌う“ラウンジ歌手ニック”という名キャラクターを産出した。

  しかしながら前述の通り日本では『SNL』をリアルタイムで観ることができず、日本で映画初主演作『ミートボール』(1979)が劇場公開されても、ビル・マーレイというコメディアンがどんな役者なのか、計り知ることができなかった。サマーキャンプのカウンセラーと、心を閉ざした少年とのひと夏の交流を描いたコメディだが、自堕落でやる気も無く、ひたすら同僚の女カウンセラーを口説き落とす事を最優先にしているマーレイ扮する主人公トリッパーは、その後公開されるマーレイ主演作の殆どのキャラクターの基本「無気力な主人公」っぷりが輝いている。続く『ボールズ・ボールズ』(1980)でもゴルフ場でモグラと戦う管理人(因みにマーレイはゴルフ好きで有名で、アイルランドのコースでゴルフをしているときが一番幸せだと語っている)、彼女に捨てられた反動で陸軍に入隊してしまう『パラダイス・アーミー』(1981)、オスカー俳優ダスティン・ホフマンと共演し、その出演シーンのすべてがアドリブだったという『トッツィー』(1982)、日本でもようやくその存在をアピールすることが出来た大ヒット作『ゴーストバスターズ』(1983)。そしていわずもがなマーレイが演じるそれらのキャラクターは、最初は不真面目でやる気があまり感じられない。

  自堕落キャラが定着していたマーレイに暗雲が訪れたのが、サマセット・モーム原作の2度目の映画化作品『剃刀の刃』(1983)でみせた想像以上にシリアスな演技。今まで演じてきた“無気力”キャラとは一線を画した役作りで、主演だけでなく自ら脚本も手がけたが、興行/批評共に惨敗してしまい、しばらくは主演作が途切れてしまう。しかし『SNL』繋がりのフランク・オズが監督を手掛けた『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(1986)でマゾヒストの患者役を演じたときは、古い友人たちに囲まれたうえにカメオ出演という軽い肩書きのせいか、いつになく楽しそうに演じるマーレイの姿を観ることができる、とても貴重な作品だ。

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