ジョージ・クルーニーが『ミケランジェロ・プロジェクト』で描く、国境を超えた「芸術の魂」

『ミケランジェロ・プロジェクト』評

モニュメンツ・メンと「芸術の魂」

 第二次大戦中、フランスがドイツに侵略された時代に撮られた、サッシャ・ギトリ監督の『あなたの目になりたい』というフランス映画がある。その冒頭、ナチス支配下のパリで、ふたりのフランス紳士が、美術品を観ながら会話をしている。「カミーユ・コロー、ルノワール、マネ…君はこの芸術家たちの作品に、どんな感想を持つかね?」「うむ、我々は戦争では負けたが、芸術、そして精神性の面ではむしろ勝利したのだ」…この宣言を聞いて、映画を観ている、どん底の時代を生きるフランスの観客たちは喜び、一瞬の間、溜飲を下げたに違いない。芸術を愛し、その良さを心から感じることができる精神こそがフランスの誇りなのである。そして、そのような「芸術の魂」は、ヒトラーには無いものだ。

 ケイト・ブランシェットが演じた、パリのキュレーターであったクレールも、そのようなフランスの誇り、芸術の魂を持った女性である。美術品の整理のためにナチスに協力させられている彼女は、危険を冒し、略奪された美術品の行方を調べ、独自にリストを作っていた。クレールが、マット・デイモンが演じるジェームズに、自分の愛情を伝えるシーンは感動的だ。彼女は、弟が殺され、自分も処刑をされると脅されても、弱みを握り彼女を自分のものにしようというナチス将校の求めに応じるようなことはしなかった。そんな彼女がジェームズに愛情を感じたのは、美術品に敬意を払い、持ち主に返そうとする彼の姿を見て、そこに自分と同じ、芸術の魂を感じたからだろう。

 芸術の魂とは、ただ「財産」として美術品をとらえず、本当に芸術を愛する者だけが、同士として分かり合える価値観であり精神性なのである。そしてそれは、フランス人だけのものではない。各国から集められた、キュレーター、彫刻家、建築家、歴史家などによって組織されたモニュメンツ・メン全員が持っている価値観でもある。だから、彼らの結びつきは特別に強いのだ。

 モニュメンツ・メンの一人は、教会に置かれたミケランジェロの聖母子像を守ろうと、危険を冒し、敵の銃弾に斃れてしまう。その事実に直面した隊員たちは、彼の遺志を継ぎ、さらに結束を固め、さらなる危険に挑んでいく。戦局が悪化すると、ヒトラーは「ネロ指令」を発令した。これは、自国を燃やし焦土とするというものだ。ヒトラーは、「戦争に負ければ国民もおしまいだ」と、国民を道連れに無理心中をはかろうとするのである。さらにソビエト連邦も侵攻してくるなかで、モニュメンツ・メンはナチスの略奪品の隠し場所を必死で捜索する。彼らが無事、聖母子像をはじめとする美術品を発見できるかどうかは、本編を見ていただきたい。

 本作では、「美術品を守るために命を落とす価値はあるのか?」という問いかけがなされる。確かに、人の命は美術品よりも重い。人の命を芸術と交換するようなことはできないし、してはならない。だが、優れた芸術作品は、芸術家が命を懸けて生み出したものであることも事実だ。その作品は、危険を冒して守る価値があるはずだ。奪い返した美術品を持ち主に返すことを前提に、命を賭けるのである。そのリスクを負うことができるのは唯一、芸術の真の価値を知り、芸術の魂を持っている者たちだけなのである。

 その精神をしっかりと描いているからこそ、『ミケランジェロ・プロジェクト』は、熱さを内にこめた、あたたかな作品になっているといえるだろう。そして複数の国の人々が、国境によってではなく、正しい価値観を共有することによって協力し合う「モニュメンツ・メン」は、ジョージ・クルーニーが描くべき理由のある英雄たちであったと思えるのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。

■公開情報
『ミケランジェロ・プロジェクト』
2015年11月6日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開
監督:ジョージ・クルーニー
脚本・製作:ジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロヴ
原作:「ミケランジェロ・プロジェクト」著:ロバート・M・エドゼル(角川文庫、上下巻)
出演:ジョージ・クルーニー、マット・デイモン、ビル・マーレイ、ジョン・グッドマン、
ジャン・デュジャルダン、ボブ・バラバン、ケイト・ブランシェット
配給:プレシディオ
協力:松竹
公式サイト:www.miche-project.com

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