P.T.アンダーソン×J・グリーンウッド最新作、日本最速レビュー!

 更に彼はこの地に生きる様々な人々へのインタビューを映画の随所に挟み込む。カマイチャという楽器を演奏する男はたどたどしい口調で、しかし誇りを以てカマイチャがいかなる材料から作られたかを語る。砦の屋上で鳥たちにエサを与える仕事を任されている男は、先祖代々携わってきた仕事についてはにかみながら話してくれる。だがシリアスなだけが文化ではない、ナガラを自在に叩きこなす、口髭がチャームポイントのおじさんは、演奏時の真剣味はどこへやらといった感じで床に寝っ転がり、今日はさ、電気が通ってないから無理、いや疲れてない、フルパワーだよ、でもそのフルパワーを今はリラックスに使ってんだ……と映画にゆるい空気を運んでくれる。こうして作品が展開していくにつれ分かってくるのは、PTAはただジョニー・グリーンウッドのレコーディング風景を映したい訳ではなく、作品を通じてラージャスターンという地の文化を映し出そうとしていることだ。

 そしてもう1つハッキリと分かることがある、それは監督自身がこの撮影を楽しみに楽しみまくっていることだ。過去作『ゼア・ウィル・ウィル・ビー・ブラッド』『ザ・マスター』『インヒアレント・ヴァイス』と、PTAはアメリカの過ぎ去りし時代を凄まじい重量・熱量をもって描き、観客としても観た後はどっと疲労感に苛まれる作品を産み出してきたが、今回の筆致は驚くほど軽やかで、観る者を興奮させる類い希なエネルギーに満ちている。あれほどこだわっていたフィルム撮影も今回は放り投げ、デジタル撮影であちらこちらを駆け回り、ドローンまで飛ばすほどだ。この映画のPTAは自由だ、大好きな音楽に囲まれ、雄大な景色と歴史に見惚れ、映画史に産み落とされた新たな技術に好奇心をくすぐられ、全てを楽しんでいる。『インヒアレント・ヴァイス』で"1970年"という自身が生まれた年を描き、もう一度この世界に“生まれ直した”彼は、更なる成長を遂げ、『Junun』においては無邪気で超ワンパクなガキとしてその無二の才能を炸裂させているのだ。

 『Junun』は55分という短さにも関わらず、観終わった後には遥かなる旅路を終えたような感覚が待っている。もう一度書こう、この作品はPTAにとってまた新たな、そして自由な喜びに満ち溢れた傑作であると。こんな素晴らしい作品をネットですぐ観られる、配信スルー新時代に乾杯!

■済藤鉄腸
ライター。ネット配信で映画を観るのが好き。MUBIとNetflixで引きこもりが捗る。配信スルー映画・日本では知られていない世界の映画作家たちを紹介するブログ"鉄腸野郎Z-SQUAD!"を書いてます。

■作品情報
『JUNUN』
監督・撮影:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ジョニー・グリーンウッド/ナイジェル・ゴッドリッチ/シャイ・ベン・テュール
MUBI(https://mubi.com)で配信中(日本語字幕あり)

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