菊地成孔が『ロマンス』に見た、エンタメと作家性の狭間ーー意外なエンディングが示すものとは?

菊地成孔が『ロマンス』の作家性を分析

 さて、パンフレットも買わず、本作に対する前知識はほとんどなかったのですが、大島さん演じる主人公=北條鉢子が小田急ロマンスカーの乗務員(お菓子や弁当等の車内売り子)であることは知っていて、小田急電鉄とのタイアップ企画である事も目にしていました。つまり、“エンタメPR映画”的な面があって、しかも主演が他ならぬ大島優子さんだから、作品として大いに売れなければいけない、というミッションが、いくらかは化せられている。であれば、これはもうハリウッドエンディングな大ハッピーエンドじゃなきゃいけない。

 つまり観客を「小田急線に乗って熱海にデートに行きたい!」という気分にさせなければタイアップ(実際にどれ位のタイアップ度なのかはわかりませんが)がオープンであるエンタメ映画としてのミッションはミッシングと判断されてしまうでしょう。

 しかし本作はちょっと違う。ラスト、一夜だけの奇妙なデートを終え、翌朝、小田急線の改札で別れた2人のうち、桜庭は、交番の「今日の怪我人/死亡」の掲示板が書き換えられるのをじーっと見てから暗い顔で映画から消え去り、一方の鉢子は、心境の変化(内的成長)はあったものの、現実の生活に変化はなく、いつもと同じようにロマンスカーのアテンダントをしているシーンで終わります。一瞬ハッピーエンドか?と思わせるミスリードがあるのだが、、、と、以下さすがに大オチのネタバレは自粛しますが、とにかく「親子関係について、問題が解決しはじめた」以外のギフトは鉢子にはありません。

 ワタシはエンタメがものすごく好きなんです。特に韓ドラのラブコメがムチャクチャ好きなんですよね。すんげえ良く出来ている上に全部大ハッピーエンドだからです。

 奇しくもこの映画の中で、映画プロデューサーを名乗る桜庭が「今はリアリズムばかりで若い人は夢を見られないじゃないですか。映画には夢が詰まっているんだ」と言うシーンがあります。鉢子のように親が離婚して母親がすさんだ生活をするようになった家庭なんていくらでもあるでしょうし、桜庭のように何かにお金をかけてそれを焦げ付かせ、女房子供に逃げられたような人もいっぱいいるでしょう。こういう“特別な悩み”ではなく“一般的な悩み”を持った人がハッピーエンドを迎えることで、もっとたくさんの人が観終わったあとに安心できる作品になったはずなのに、タナダ監督はそれをしなかったという印象がありました。

 「おとぎ話のようなデートを描いているのに、ラストになっていきなりリアリズムになられてもなあ。それとも、これ全部リアリズムのつもりなんだろうか、だったら前半あり得ねえよな」という気はしましたが、これはワタシの個人的なバイアスが掛かっているだけで、これが女性監督であり、今時珍しくオリジナル脚本まで書いたタナダ監督のリアリティというか、作家性なのかもしれません。

 ですので、あくまで個人としての意見(映画批評なんて全部そうですが・笑)になりますが、観終わった後に「本当に良かったな」という気持ちになりたかった。2人がつきあいだす……というところまで行くと、さすがにおとぎ話トゥーマッチすぎますが、<お互い元気になって、数ヶ月後ぐらいに、鉢子がロマンスカーの車内業務をはじめると、何と桜庭が乗っている。「シリアスに改札で別れても、結局、ロマンスカーに乗れば会えるだろ」ぐらいの感じで再会できた、めでたしめでたし>程度のエンディングにしてもバチはあたんないでしょ。と思ってしまいました。あのダークでリアルなトーンのエンディングは、アーティスティックな監督が撮ったからこそ生まれたものでしょう。ちょっとした“爪あと”を残すのだとしても、エンディングじゃなくて映画の真ん中あたりで残した方が洒脱だし、観客に優しい気がしました。

 ただ、今時めずらしいオリジナルの脚本で映画を撮り、キャストも一流どころを揃え、ローバジェットながらタイアップもあるラブコメをウエルメイドする……という、結構な職人仕事を求められた局面で、こういうエンディングにしたことは、前編で取り上げた『デューン』と同様に、タナダユキ監督にとって、逆の意味での勲章になるのかもしれない。

 総じてよくできた映画で、井口奈己さん、西川美和さん、横浜聡子さんなど、「日本の女性監督が撮った少し奇妙な映画」より、ワタシにとってはしっくり来る感じがありました。エンタメなんだから当たり前なんだけど、主人公が“なんだかわからない変な人”じゃなく、相手のおっさんも、ちょっと胡散臭いだけで普通の人です。

 大変失礼な物言いだとは思うんですが、キテレツなキャラクターが出てくる強烈だったり不思議だったりする、女性監督の映画は、前述の通り、見た後に「女性は大変だな」という感情を持ってしまいます。ヒップホップのようなマッチョな世界でも、女性ラッパーや女性DJがかなり台頭していますし、ガテン系の力仕事や、格闘技等でも女性が進出しており、とはいえだからフェミニズムの問題系が総てなくなりつつある、とても良い世の中だ、とは決して言いませんが、女性監督が撮る映画は観ていてものすごく苦しそうな感じがします(失礼ながら「1〜2作で力尽きた感」もあったりして)。女流作家さんもそうですね。まあ、作家さんは男女問わず苦しそうですけど。

 今回の『ロマンス』も予算的には非常に小さいものだそうで、欧米でも「小さな映画」は増えています。そしてそのほとんどがハートウォーミング志向なんですよね。小さい予算で問題意識を訴えるか、小さい予算でハートウォーミングなおとぎ話をこしらえるか、マーケットがどちらを求めているか、作家側がどれほどの思い入れを持つか、これから日本映画界、というか、日本という国が問われる所だと思います。

 例えば韓国という国は、IMFの監査は入るわ、何せ停戦中だわ、徴兵はあるわ、ソウル市内に米軍はあるわ、貧富はかなり激しいわ、親子の関係は煮えたぎるほど暑苦しいわ、北東アジア圏では日本と文化的に最も接近したと言っても、同じだけ豊かだとは言えない。国民は物凄く手の込んだ、ムチャクチャ良く出来たおとぎ話を切実に求めています。

 日本で「あの法案が通るなんて、なんて酷い国なんだ」と言ったところで、セウォル号事件のようにずっしりするほど気分がどんよりすることは滅多に無い。韓国のドラマを見ると、ハリウッド越えしたかもな、というほど高度な脚本と演技力に支えられた、大変な完成度のテレビドラマですら、絶対に男性主人公のシャワー、もしくは着替えシーンがあるし、女性主人公もしくは準主人公のセクシーな衣装が楽しめるし、いわゆるお楽しみが盛りだくさんで、国民がよろこぶゲスいぎりぎりのサーヴィスがきっちり抑えられています。

 「ハワイ旅行と韓流ドラマは、未経験者である間は全員が愛好家を馬鹿にしている」と言いますが、一度見てみて下さい。更に言うと、日本のドラマと並走するように見比べるととても発見があります。「並走」なんかする暇ねえよ。オレは仕事とコレ一本だけ、という時代だからこそ。

 ワタシはこのサマーシーズン、数本の韓流ドラマと日本の『恋仲』を並走していたんですが、「これこそが日本だ」と強く思いまして、それは自尊心とか自負心とか、つまり勝った負けたではなく、白いTシャツと黒いTシャツみたいな感じで、お互いの事がとても良くわかりました。

 『恋仲』の「空虚さ」は第一回から最終回まで、鋼鉄の意思で一貫していました。画面の中で何も起こっていない。何せ最終回、結婚式を主人公の地元でやるんですが、福士蒼汰さんの親が出てこないんです(笑)。勿論、死んでいるとか、事情があってこれない。とかではなく、何の説明も無く、ただ出てこないんです。というか、誰の親も出てこない(厳密には1人だけ出て来ますが)。

 結婚式だか同窓会だか解らないんです(笑)。「夏に花火を見てキスする。キュン死でしょ」という原動力だけで登場人物達は動いており、こんなの他の国では考えられないです。日本が誇るクールジャパンとはまさにコレだと思いました。胸がキュンキュンすればそれでいいのだ。問題は青春時代と恋だけ。という凄まじいまでの空虚さは。なにせ登場人物達は演技すらしない(吉田羊さんを除いて)。演技力という物が高カロリーで燃費が高いからです(彼等に演技力が無いのではありません。「ビストロSMAP」に番宣で出たときなんて、全員すごく達者な訳で、ドラマの画面の中では演技が去勢されているんですね)。古くはロラン・バルトが『表徴の帝国』で指摘した、有名な<日本の空虚>ここにありという感じで、大いにナショナリズムに火がつきました。ご存じない方の為にエクスキューズしますが、バルトはこれを悪事として批判してはいません。それが日本なのだ。という事です。

 日本はこれから貧国に向かい、移民もたくさん受け入れなければならなくなる方向へ進む可能性が若干あります(「戦争をする」可能性よりも遥かに高く思います)。そういう観点からすると、今回採り上げた『ロマンス』の「ハッピーエンディングという虚妄のハイカロリーが、ラストに着火しなかった」という現象は、現在の、過渡期も過渡期である我が国をそのままトレースしているとも言えるのではないでしょうか。ラストまでは「良く出来たおとぎ話」という虚妄のハイカロリーが着火し、すげえしっかり稼働しているからです。

 複合的な意味でのガス欠ですね。ラス前まではもうずっとうっとりしていて、「ああ、オレも大島優子に毒づかれながらデートしてえー。っていうか大島優子とグレイトフルつきあいてー」と思って観ていたんですが。ウソ、見終わってからもずっとそう思っています。これには我ながら腰が抜ける程驚きました。

(取材・構成/編集部)

第1回(前編)はこちら:【菊地成孔が読み解く、カンヌ監督賞受賞作『黒衣の刺客』の“アンチポップ”な魅力】

■公開情報
『ロマンス』
公開中
出演:大島優子 大倉孝二 野嵜好美 窪田正孝 西牟田恵
脚本・監督:タナダユキ
製作:東映ビデオ
配給:東京テアトル
2015年/日本/97分/5.1ch/ビスタ/カラー/デジタル
(C)2015 東映ビデオ
公式サイト

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる