無名の新人監督による初長編は、いかにして全米興収4400万ドルのヒット作となったか?

『ヴィンセントが教えてくれたこと』全米ヒット背景

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世代を超えた友情を描くストーリー

 誰の胸にも沁み渡るストーリーも観客の大きな共感を得た。主人公ヴィンセントは酒とギャンブルにおぼれ、口を開けば小汚い言葉を連発するやっかいなジイさん。そんな隣家に越してくるのが、シングルマザー(巨漢の人気コメディエンヌ、メリッサ・マッカーシーが好演!)とその幼い息子オリバーだ。

 そんなヴィンセントが、ひょんなことからシッターとしてオリバーの面倒を見ることに。そうやって破壊的なイジワル老人といじめられっ子の少年は、共に時間を過ごし、互いの人間性や世界観に影響を及ぼし合い、いつしか掛け替えのない相棒となっていく――。

 世代を超えた友情といえば、脳裏をよぎるのは名作ばかり。『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)の少年トトと映写技師のアルフレッドに始まり、『グッドウィル・ハンティング/旅立ち』(97)のランボー教授と清掃員ウィル、さらには頑固じいさんが移民の青年と心を通わせる『グラン・トリノ』(08)など、この手のジャンルはある種の魔法を帯びたかのように観客を惹き付ける。それはどんなに厳しい毎日、辛い人生を描いていても、世代のギャップがユーモアを生み、子弟関係がいつしか疑似家族のように機能し、得がたい温もりが映画全体を包み込むからだろう。

 このような幅広い観客への訴求力を活かすべく、北米の配給を担うワインスタイン・カンパニーでは大都市のみならず地方都市でも精力的に試写会を実施。こうした試みが微に入り細に入りの口コミ効果を促進させたのは言うまでもない。

脚本と製作を兼ねたメルフィ監督の情熱、才能

 最後に勝因をもう一つ挙げるならば、製作と脚本を兼任した新人監督セオドア・メルフィの「この映画を伝えたい!」とする信念にある。

 実は、この物語の一部は彼の実体験に着想を得ている。今から7年前、彼の実兄が亡くなり、メルフィ夫妻は11歳の姪を養子として迎え入れた。結末に関わるので詳しくは書かないが、学校で出されたとある宿題に対するその子の"回答"が夫婦をたいそう感激させ、メルフィはこの想いを映画にしたいと心に誓った。こうして情熱に火がついたのだ。

 思えば、ビル・マーレイを起用すること自体、相当な困難を伴うことは誰もが知っている。彼にはエージェントやマネージャーがいない。彼と仕事がしたければ、まず唯一知られている電話番号に連絡し、留守電にメッセージを残さねばならない。メルフィは6か月にわたって受話器の向こうへ訴え続けたという。こうなるともう、ほぼ修行僧だ。

 でもその想いは確実に伝わった。彼は本作でマーレイの本気を引き出した。さらにキャンペーン嫌いの彼をトロント映画祭などの公の場にも連れ出し、パブリシティの面で大きな実りをもたらした。

 もちろん、その演出の手腕にも確かなものがある。観客を決して叙情的かつ感傷的な気分に陥らせることなく、あくまでリラックスしてクスクス笑わせながら、知らず知らずのうちに感動の芽を育てていく。まるで手品。こうして観客の得た最高の余韻が劇場の出口調査での高評価となり、すぐさま口コミに繋がっていった。当然といえば当然の結果である。

 かくしてキャスト、ストーリー、そしてメルフィの情熱がもたらした連鎖は、アメリカのみならず世界へと広がり、9月には待望の日本公開となって結実する。この物語に笑い、胸を熱くさせ、いつもとちょっと違うマーレイの本気、そして根本にあるメルフィの熱い想いに触れてもらいたい。きっと全米でのヒットにも深く納得がいくはずだ。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter

■公開情報
『ヴィンセントが教えてくれたこと』
公開:9月4日(金)、全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
公式サイト

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