> Van Dyke Parks

Van Dyke Parks

(ヴァン・ダイク・パークス)

ビーチ・ボーイズの『スマイル』や、はっぴいえんどの「さよならアメリカさよならニッポン」、そして60〜70年代のバーバンク・サウンドの作品群など彼がプロデューサー/アレンジャー/ソングライターとして関わった作品は、今もロック・シーンの中でひときわ異彩を放っている。それらの作品に共通している点は、あくまで”ヴァン・ダイクの介在”を音の中に感じさせること。ブッ飛んだストリングス・アレンジや奇怪なサウンド・エフェクトを加える、と同時に、音の断片をコラージュしたりと、映画音楽にも通ずる視覚的な音処理は一聴して彼のモノとわかるだろう。そうした魔術的な手腕はソロ作の中でさらに冴え渡る。
まずは”サージェント・ペパーズ症候群”のドサクサに紛れてリリースされた『ソング・サイクル』(68年)。リアル・タイムでは全く評価されなかったが、年を重ねるごとに真の価値が理解されていった名盤。続く『ディスカバー・アメリカ』(72年)では、米国南部音楽とカリプソの相似性を看破してみせ、『ヤンキー・リーパー』(76年)では、よりトロピカル指向を強める。黒人民話をベースにした『ジャンプ!』(83年)やエキゾチックなポピュラー・ミュージックといった『東京ローズ』(89年)、そしてブライアン・ウィルソンとのコラボレーションが話題になった『オレンジ・クレイ・アート』(95年)。——彼の作品はどれもポップ・ミュージックの誰も気付かない側面を切り取った問題作ばかり。しかし、その底流に流れているのは、ブルース/カントリー/フォークなどのルーツ・ミュージックやフォスターに代表されるような米国ポピュラー・ミュージック。それらをクラシックや映画音楽から学んだ音楽理論で精緻に再構築し、ポップの現在進行形を見せくれたのだ。現在でも彼の作風は、ジム・オルークやオリヴァー・トレマー・コントロールなどに受け継がれている。

制作協力:
OKMusic

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