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登川誠仁

(ノボリカワセイジン)

「琉球民謡協会名誉会長」「沖縄県無形文化財技能保持者」などの肩書きから堅苦しい印象をもたれがちだが、沖縄の人たちからは「セイ小(セイグヮー)」の愛称で親しまれる好々爺。99年〜00年にかけて大ヒットした映画『ナビィの恋』では、70歳という高齢で役者デビューし、ユーモア好きで不器用な、ありのままのセイ小としかいいようのない役を好演して、一気に全国的に知られるようになった。
30年、兵庫県尼崎市に生まれる。この世代の多くの唄者がそうであるように、彼も沖縄から本土へ渡った両親の下に生まれた。後に沖縄本島に帰り、現在はコザに住まい活動している。幼少時に酒とタバコで声をつぶし、10代のうちに民謡の基本はすべてマスター。大衆劇団の地謡として活躍し、戦後は米軍基地で働いて多くの西洋音楽にも触れた。沖縄民謡界ではゴッドファーザーとして君臨しつつも、沖縄サミット時には「サミットどーい」というカチャーシーを歌い、ソウル・フラワー・ユニオンとアルバム『スピリチュアル・ユニティ』(01年)を制作するなど自由な活動を続けている。
白眉は、11歳ですでにカチャーシーが弾けたという三線の速弾きである。その独創的なプレイは“沖縄のジミ・ヘンドリックス”とさえ言われる。大の飛行機ギライゆえ、なかなか沖縄から外に出かけないセイ小だが、01年、弟子である知名定男との東京公演が実現。この時、高速トレモロ奏法で「君が代」を演奏したのだが“沖縄のジミヘン”たる所以はこんなところにもあると言える。
70歳を過ぎても「まだ40過ぎ」と、うそぶくダンディズム。そんな生き様が声と三線の音色にあふれる、スーパーおじいちゃんである。

制作協力:
OKMusic

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