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近藤真彦の情報

(コンドウマサヒコ)

「マッ……チで〜〜す」を知らない人はいないだろう。そう、数々のモノマネを生んだマッチこと近藤真彦のキメ台詞だ。
マッチは、校内暴力が花盛りであった80年代の初頭(正確には79年)、TVドラマ『3年B組金八先生』において“たのきんトリオ”として登場。アハハ、アハハと能天気な田原俊彦、“イイ人”野村義男、ヤンチャな近藤真彦とキャラの立った3人の人気は、乾いた草原に火を点けたかのごとくあっという間に燃え広がった。
その後のシブがき隊や少年隊と違い、彼らはユニットで歌うことはなく、それぞれがソロとして活動を開始する。まず田原が、続いてマッチも「スニーカーぶるーす」(80年)でデビュー。松本隆&筒美京平という日本が誇る歌謡マエストロ・コンビが作詞/作曲を担当したこの曲は、マッチの不良的魅力を見事に引き出した。そして歌番組などでもそのツッパリ趣味を全開にし、派手なスカジャンを着込んでバイクに跨って登場。少女だけではなく少年のハートも鷲掴みにしたのであった。
以降、「ブルージーンズメモリー」(81年)、「ギンギラギンにさりげなく」(81年)、「ハイティーンブギ」(82年)などを連続大ヒットさせ、押しも押されぬスーパー・アイドルの座を獲得。また、ドラマや映画に出演するだけでは飽き足らず、プライヴェートでもF1レースに打ち込むなど、決して話題が絶えることはなかった。
90年代になると、マッチの活動も安定期に入るが、96年にリリースされた「ミッドナイト・シャッフル」が、久々の大ヒットを記録。それまでの路線をさらにチューン・アップし、ハード・ロック調にキめたこのナンバーは、大人になったマッチを大いにアピールしたのである。

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