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Captain Funk(Tatsuya Oe)

(キャプテン・ファンク(オオエ・タツヤ))

キャプテン・ファンクことタツヤ・オオエは97年にイタリアのCHICAGO STYLEレーベルからリリースした「Dazzlin’」でデビュー。日本音楽史上類を見ない漆黒のファンク感覚を『Encounter with…』(98年)で噴出させる。突き抜けたデジタル・ビートが炸裂するフューチャー・ファンキー・トラック「Bustin’Loose」(同年)は、UKビッグ・ビート界の帝王・ファットボーイ・スリムことノーマン・クックやアメリカの電子舞踏狂フレディ・フレッシュにも大絶賛され、「Japanese Bigbeat President」の名前を欲しいままにした。その後はリミックスの依頼が殺到。ケン・イシイ、Co-Fusion、電気グルーヴ、パフィー、フィンガー5、オリジナル・ラヴ、コーザノストラといった多彩なアーティストの楽曲をスカ/ロック/ソウル/ディスコ/エレクトロ/ゴーゴーといったジャンルの果汁と見事にシェイク——スパークルなファンク・カクテルに仕上げ、ミラーボールのように光り輝くローリング・チューンを放った。またフジロックフェスティバルへの連続参加、ヨーロッパからシンガポールまでのツアーなどDJとしてもその地位を確立し、2001年末まで約4年間オーガナイズを務めたパーティー”MACHINEGUN”は今もなお話題に上る程の盛り上がりを見せた。
米 BILLBOARD誌の”THE YEAR IN MUSIC 2001″の一つにも選ばれた2000年の「Songs of the Siren」リリースを期に、一旦キャプテン・ファンクとしての活動を一旦休止し、新たなソロプロジェクトとして OE(オー・イー)を開始、02年アルバム”HERE AND YOU”をリリース。キャプテン・ファンク名義でのダンスフロア/DJ志向のアプローチとは一線を画し、ストイックながらもメロディや音響工作により力点を置いたプロダクションへの大胆な変貌振りが話題となる。バンドスタイルでのライブ、タナカノリユキや大友良英とのコラボ、クラフトワークやデヴィッド・ボウイのサポートなど多方面での活動、OEとして3枚のアルバムのリリースを経て、2007年5月、自身が立ち上げた会社/レーベルのモデル・エレクトロニック第一弾リリースとしてCAPTAIN FUNK名義での7年ぶりのアルバム「HEAVY METAL」,「HEAVY MELLOW」を2枚同時にリリースした。第一期キャプテン・ファンクのダンスフロア志向とOE時代に培われた作曲スキルが結実したプロダクションはヨーロッパを中心に海外でも評判を呼び、myspaceのオフィシャルページでは楽曲試聴が既に15万回に達している。2008年12月、会員制ウェブサイト”Club Model Electronic”を立ち上げ、音楽だけでなくネット方面でもクリエイティブな挑戦を続けている。
これまでにリミックス&プロデュースを行ったミュージシャンは、上記の他ジェームス・ブラウン、ダイアナ・ロス、セルジュ・ゲンスブール,Fantastic Plastic Machine, 土屋アンナ、鈴木亜美、トミーフェブラリー6,ロン・セクススミス、サイモン・ルボン、布袋寅泰など200組近くに及ぶ。

制作協力:
OKMusic

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