> Julian ‘Cannonball’ Adderley

Julian ‘Cannonball’ Adderley

(ジュリアン・キャノンボール・アダレイ)

Cannonball [名詞] 砲弾;特急列車;(余談だがテニスにおける弾丸サーブの意もある)
「名は体をあらわす」とはよく言ったもので、その通り、キャノンボールの演奏/ルックス全てをこの言葉が表現している。体はデカイ(というより丸い)し、音も迫力ものだし、テクニックも凄いし、お顔がお茶目とくれば、世間がほっとくわけがない。だって、彼の楽器を吹く姿といったら、パンダが笹を食べてるみたいなんだもん。これからの物語はN.Y.に住むパンダの物語だと思って下さい。
55年にオスカー・ぺティフォード(p)のギグに飛び入りで参加した彼は、同じく飛び入りしたフィル・ウッズ(as)とジャッキー・マクリーン(as)をそのパワーとテクニックでノックアウト。一夜にして”ポスト・チャーリー・パーカー”の名前をモノにする。その後、マイルス・デイヴィス(tp)に気に入られたパンダは、共同で『サムシン・エルス』という不世出の名盤を作り出す(もちろんマイルスの力は大きいが……)。だけれども、パンダも巣立つときがやってきた。故郷に帰った彼は、弟のナット・アダレイ(レッサーパンダにしとこう)と共に再びバンドを結成し、それまでには出来なかった嬉々としたFUNKYなジャズをいつまでもいつまでも演奏していったのだそうな………。おしまい、おしまい(これらの演奏は60年代以降のアルバム——特に<リバーサイド>というレーベルで聴ける)。
ふざけすぎました。でも、この位ふざけても天国のキャノンボールさんは怒らないよね。
彼の演奏はFUNKY,SOULFULかつHAPPY。何かというと暗あぁーいのが好きなジャズファンはそんな彼を残念ながら過小評価してきた。しかし、最近はその実力を見直されている感がある——それは彼を敬愛するミュージシャンが、実のところ大勢存在するからに違いない。
1928年生まれ——1975年死去。

制作協力:
OKMusic

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