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James Blunt

(ジェイムス・ブラント)

シングル「ユア・ビューティフル」とデビュー・アルバム『バック・トゥ・ベッドラム』が世界中で大ブレイクし、今や時代の寵児となったジェイムス・ブラントだが、経歴を語る上でこんなにも数奇な運命の人物も珍しい。祖父、父、叔父が軍人というイギリスの職業軍人の一家で育ったブラントは、シンガー・ソングライターになる以前は軍隊に所属し、カナダ勤務を経た後でNATOの平和維持軍の将校(偵察部隊)としてコソボに派遣された。内戦により破壊しつくされた国、残酷な現状に希望さえ失ってしまった人々を目の当たりにした彼は、まるでその悲しみを吐き出すようにしてミュージシャンになることを目指した。とはいえ多くの音楽レーベルへの売り込みがそう簡単に受け入れられるハズもなく、手ごたえの無い日々が続いた。しかし転機は突然にやってくる。毎年3月にテキサスにて開催されている全米最大の音楽見本市『サウス・バイ・サウスウエスト』で歌う彼の姿が、4・ノン・ブロンズを経て現在はクリスティーナ・アギレラやピンクなどを手掛けるリンダ・ペリーの目に留まる事になる。
成功したいと言うよりはただ自分の想いを形にしてみたいと純粋に考えていたブラントのデビュー・アルバムは04年10月、イギリスにてリリースされる。やがて時間をかけゆっくりと全英シングル&アルバムチャートの6週連続1位という快挙を成し遂げた後、彼の歌声はヨーロッパ全土、アメリカ、日本などへまるで低温やけどのように広がって行き、遂には全世界をゆっくりと制覇するまでの事態となった。
コソボでの衝撃によって書き上げられた「ノー・ブレイヴリー」も特筆すべきところだが、やはり何と言ってもリード・シングル「ユア・ビューティフル」の切なさに世界が泣いた。感情が高ぶり、少し震えているかのようなブラントのクリアな声は曲の中で何度も「君はきれいだ」と繰り返す。しかし曲の最後の2行で彼はこう言い放つ。「でもいよいよ真実を受け止めよう 君と付き合うことはできないことを」。つまりブラントは人間なら誰もが共有してしまうであろう、「解っていても割り切れない程に誰かを好きになる感情」を見事としか言えないほどのシンプルな言葉と音で描ききっている。時代を超えていく名曲と、それを生み出した新たなる表現者の誕生だ。

制作協力:
OKMusic

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